絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
 あの、もったいぶる姿は毎度のことである。人をじらすのはいつものことで、まあたいていそれなりに中身のある話ではあるのだが、全く、何故弟とは正反対のこんな風に育ってしまったのだろうと、よく思う香月である。
 途中、食事のマナーの注意を散々受け、こんなみっともない姿で巽と今まで食事をしてきたことを反省しながら、食後のコーヒーでようやく一息ついたとき、兄は完全にタイミングを見計らって話しを始めた。
「鷹栖という男を知っているか?」
 その顔は真剣そのもので、この話題を出すために兄がここを用意したのだと、こちらもまっすぐ彼を見つめた。
「たかす……? さあ、聞いたことない。会社にもいないし……私が知ってる限りでは。……近所にも、多分いない」
 よく考えて、言葉を選ぶ。
「俺と同業者だ。名前は栖司、年はお前より7つ下か、今年20歳」
「いや、全然知らない」
 そこまで範囲が絞れれば、即答できる。
「……、まあ、俺もこのくらいの情報しか知らないけど、今は俺の方が情報を持っているようだな」
「……何?」
 香月は顔を歪めた。そんな名前に覚えはないし、兄が何を勝ち誇った満足気な顔をしているのか全く意味が分からない。
「巽光路から何も聞いてないか?」
 思わぬ名前を出されたことに動揺を隠すことはできず、
「えっ、何?」
 だがしかし、次の兄の沈黙は長く、その間、あらゆる妄想が頭を支配しようとしたが、空にすることに集中し直した。どの想像も全て必ず良いものではない。
「息子だよ、彼の。実子だ。両親は未婚のまま、母親の方に引き取られた……らしい」
「え……、何?」
もはやその疑問符しか浮かばない。
「で、その母親は一年前に亡くなったそうだ」
「え、待って」
 口はなんとか動いているが、頭が働かない。
「お前が今知る必要があるのかどうかは迷った。彼も言うタイミングを探していたのかもしれないし。でも言わないつもりかもしれない……と思うと、大事なことだと思ったんだよ」
 兄はこの食事会がただの食事会ではなく、密会であったことを指し、しかもそれが仕方のなかったことだと言いたいのだ。
「……どういう……全然……、子供、いたの? 母親……いたの!?」
 椅子に深くもたれかかり、ただ飲みかけのコーヒーを見つめた。
「お前にはどんな説明を?」
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