絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
『明日は休みか?』
「うん……そう」
『1時くらいに仕事が片付きそうだが』
「そうなんだ、うん、どうしよ」
 言葉が思い浮かばなかった。数日前の電話で、今日は確かに日本にいて、深夜に仕事が片付くと言うので、イコール、会うのではと予想はしていたが、いざ時間を言われると、現実味がおびて萎縮してしまう。
この会えなかった2ヶ月強で、巽はすでに別の家庭の人になっていた。巽には妻がいる。妻はきっと色白で、髪が長くて着物を自分で着られるような和風美人で、頭が良くて、どこかのお譲さんだ。巽がただの人を好きになるとは、思えない。つまり、資産家か何かのお金持ちの娘だろう。
 どういう出逢いがあり、どういう流でどうなったのかは、想像してもしきれない。でも、2人は愛し合って、妊娠し、子供をもうけた。
 そして、今、経営者として名を馳せている息子がいる。
『………か?』
 その息子と会ったら、巽はどうなるだろう。
『………か?』
 どんな風に私のことを思うだろう。
『………か!?』
「え」
『聞こえてるのか!?』
「え、あ、うん」
『どうした、電波が悪いのか?』
「あ、うん、そうかも」
 その適当な返事が、まるで自分の中の巽の存在を指しているようでぞっとした。
『……機嫌、直せるなら直しとけ。一時前には行けるだろう。今日は東京ホテルに泊まる』
「……」
 東京ホテルとは、東京マンションのすぐ裏にあるホテルだ。そんなところに泊らなくても、ここから自宅へは30分で行けるのに。
「……そっち行っとく。部屋番号は?」
『ラウンジで少し飲もう。……気分転換に』
 機嫌が悪い?
 悪いとしたら何故だろう……。
 理由はなんだろう。
 誰のせいだろう。
 どうすれば、治るだろう。
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