絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
「…………」
 言ってみればそんなこと、それだけのこと。
 香月は生気を失ったようにだらりと両手を下げ、巽のスーツのボタンを見た。きっとこのボタンだって失くせば新しい代えをあてがわれる。
 それと、同じこと。
「……私……は、そういう過去の分も受け止めていきたい。もし、仮にあなたの息子さんが目の前に現れても、平然としていられるような、そういう自分でいたいけど……。今はそれができなくて……でもそれが、できないとやっぱり別れるしかないんだろうなって思う。
 でも、あなたと私は結婚しないから、何も関係なくて、あなたの息子さんが現れることももしかしたらないかもしれないけど……けど、それでもやっぱり私は……
受け止めて生きたいと思ってるの。できないかもしれないけど」
「深く考えすぎだ」
 巽は話をさえぎるように早口で言った。
「そんなことない」
 香月もそれに続く。
「そんなことないよ。大事なこと。私はあなたのことが大事だから。だからそういうことも分かっていたい」
 ならべたのは全部綺麗事だった。まるで、純真無垢なお姫様の口から語られたような、美しい言葉。
「考えすぎだ。……」
 巽は、無表情だが、ゆっくりと、頭を撫でてくれる。
「2カ月……、悪かったな……」
 不意に強く抱きしめられた。なのに、瞳はぼんやりとしたままで、だんだん涙が流れ落ちる。
「待って」
「考える時間が長過ぎたのは、俺のせいだ」
 巽が初めてそのように自分の非を認めてくれたというのに、こんなに強く抱かれているというのに、全く心は弾まない。
 やがて巽の手つきが変わり、体を撫でるラインが変わった。
「ごめん、今日は……許して、全然だめ」
 聞いてくれないかもしれない。そうなると嫌だなと思っていたが、巽はちゃんと手を止めて溜息混じりに言った。
「寝るぞ」
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