絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
 慰めじゃない、ちゃんとしたアドバイス。
 本社の営業部長、田中からも突然携帯に電話がかかってきて、「待ってるよ」と軽く言われた。
 部長といえど、ほぼ顔と噂しか知らない。
 というわけで、以下は全て真籐の情報による。
 営業部は第一課と第二課に別れており、営業部第一課に与えられている課題は現店舗の営業方針についてのみ。後のメーカーとの契約その他は全て第二課の仕事である。従って、第一の人数は10名程度で課自体はこじんまりしているが、両課は同じフロアで仕切りもない場所で仕事をしているので隔たりも特にないそうだ。
 その第一課の中の長が、営業部部長に当たる、電話をよこしてきた田中なのである。
 穏便でぽっちゃり。口癖は「適当でいいから」。または「その辺のことなんて誰も気にしないよ」。彼を知らない新人などはその言葉通り、適当、その辺と、仕事をこなす。
 しかし、その口癖を指示と間違えると首を切られるという恐ろしい男なのらしい。
「だから、営業部部長の指示は非常に分かりづらい。『いいんじゃない』はやりなおせくらいの気持ちなんじゃないかな。『素晴らしいね』とか『見事だね』って時は本当にいいと思ってる時だと思うなあ。あんまり聞かないですけど」
「面倒な人だなあ……」
 真籐の顔を見て、香月は心底そう思った。
「本人的には、スパルタが嫌いだからその方向に走ったんだと思いますけど、まあ、慣れないとやりづらいし……自分自身の限度を知ってやればいいと思いますよ、普通に」
 それの方が難しいかもしれない……。
「で、結局どんな仕事なんですか?」
「どうやったら売り上げが上がるか、その施策を考えてるってとこかな。だけどそのための数字分析なんかはやっぱり並じゃない。今はその作業を2人でやってるんですが、その精度をあげるために3人に増やそう、とそういうわけなんです」
「え、それが私?」
「そうです(笑)」
 人事部部長の真籐は素晴らしい笑顔をにっこりと向けた。
「え―、家電試験にも、フリーにもレジにも何も関係ない……」
「人で選んだだけですよ、仕事は誰にだってできるんです。だけど同じ仕事をするのなら、良い人がいいでしょう?」
 いい人というのはつまり、何がいい人なのかと、疑問になる。
「……あの、私を推薦した人とかいるんですか、やっぱり。営業部は香月がいいんじゃないですかって言い出した人とか……」
 宮下のことが、頭から離れなかった。
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