絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
 それを機に、一時3人はただサッカーボールを掴んでは投げ、掴んでは、投げた。
 更に曇っていたせいで、雨が降り始める。だが3人は、それでもかまわず、子供のように奇声を発しながら同じ作業を繰り返した。
「あー、汗かいた」
 先にギブアップしたのは、仕方ない、最年長の榊だった。
「なんだよ、もう終わり?」
 夕貴と榊は、香月に近づきながら、息を整える。
「ちょっと休憩」
「休憩ったってな……あ……」
 2人は香月の表情が明らかに曇っていることに気づいて話しをやめた。
「どうした?」
 夕貴が近づいて聞いた。瞳から、涙が溢れていることが分かる。頬と鼻の先が赤くなっているのが、流れる雨と涙の隙間でもしっかり見えているのだろう。
「私、死んじゃいたいと思ってた」
 突然の何の脈略もない告白に、2人は停止した。
「ここしばらく、ずっと辛くて」
「変だと思ったよ」
 榊はゆっくり香月に歩み寄った。
「死んだ方がきっと楽だと思った。何も考えないために、死にたかった……」
「死んだって楽とは限らないよ」
 榊は長い両手を広げると、ゆっくりと香月を包んだ。目を逸らす、夕貴のその前で。
 夕貴は空を見上げながら、手のひらを水平に出し、掴めるはずもない雨を掴んだ。
「生きようじゃねーか、俺たち3人」
 珍しく、夕貴が榊を認めた。
「阿佐子が死んだんだ……。自殺したんだぞ。
 せめて俺たちくらい生きて……、生きて行こうじゃねーか」
「そうだ」
 榊の抱擁の暖かさなど微塵も感じなかった香月はただ、その顔を見上げた。
「死ぬ時は痛いし、辛いし、楽なことなんて何もない。人はやっぱり生きているべきなんだよ。何億人もの人が死んでいった中で生きている方が不自然な気はする。だけどその中でもやっぱり人は生きていくべきなんだ。……そうなんだよ」
 医者である榊のその言葉は重く、説得力がある。
「お前まで死んだら……今度は俺たち2人で旅行しなきゃなんねえ。そんなこと、できると思うか?」
 3人は笑った。
「できないよ。……お前がいなきゃできないことが山ほどあるんだ」
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