絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
 あの、活発で、正しいこととそうでないことの区別をはっきりつけていた、西野の口から出たとは思えないセリフであった。
 彼はだらりと頭を垂れ、信じられないくらい、哀れに見えた。
「……」
 言葉が、言葉が何も出ない。何か、何かを言わなければと焦れば焦るほど、息もできず、ただ、何か、西野が納得して、自分自身も後悔しない一言を言わなければと、どんどん視線が下がる。
 随分、長い沈黙が続いた。
「驚いたか?」
 ようやく出た明るいらしき声に、香月はなんとか口を開いた。
「……うん。……でもその、突然すぎて……」
「そうだな」
 時間をかけたからといってどうなる問題でもないということは、もちろん分かっているが、優しい一言を、より優しい一言を選んでしまう。
「悪い……俺も動揺してるんだ」
 西野が諦め口調になった途端に香月はホッとして、ちゃんと会話ができるようになる。
「……ううん……で、どうなの? 家とかはあるんでしょ?」
「うん、子供も24時間保育園に預けられるし……仕事しながらでもとりあえずは大丈夫なんだ」
「そう、ならよかった。そんな再婚なんて焦らなくてもいいじゃない」
 軽く、その談には乗らないと笑顔で拒否したつもりだったが、それが裏目に出てしまう。
「24時間っていっても、ほとんど施設みたいなもんなんだ。かわいそうだろ、やっぱ……。俺も普通の家庭で育ったからさ……施設ってところがかわいそうで辛そうで仕方ないんだ。けど、働かなきゃなんないし。今更職変えたって今ほど稼げない」
「……そうだね……」
 あまりに現実的な内容に、相槌を打つしか方法が見つからない。
「香月さえよかったら、俺と……一緒にいてほしい……どうしてもそう思ってしまうんだ」
 西野はこちらを見てはいない。その、抱えたまま沈んでしまいそうな頭の救世主が、私だと何故思い込んでいるのだろう、という信じられない気持でいっぱいだった。
「他人任せにするな」いつかの巽の言葉が鮮やかに蘇る。
そう、言ってあげなければいけない。
再婚はできない、と。
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