絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
 それが、今の自分にできることなのだと。
 そう、私が放つことは、正しい。
 香月は西野の姿からいったん目を逸らした後、もう一度見つめ直して、思い切って口を開いた。
「ごめん、私は他に結婚したい人がいるから」
 これでいいんだと、その幼子の人生と自分の人生を天秤にかけること自体が間違っているのだと強く心にして言った。
「その子のお母さんに、なってはあげられない」
 悲惨だ。
 最悪だ。
 最低だ。
 酷い言葉が頭上から降って弾けた。だが、それよりも自分が心に持っている自分の人生というものの方に、強くしがみついていたかった。
「だからその、再婚相手になるとか、そういう風に力になってあげることはできない」
 言い切るべきだと思った。
 ここで相手の心を考慮しても、辛いのは結局西野だと思った。
 こう言い切れば西野なら笑って引くと思った。だが、彼は
「俺のこと、好きじゃなかった?」
 それは何を確信して言っているのか分からなかったが、いずれにせよ答えは同じだった。
「友達としては……」
「そんなこと聞いてないよ」
 間髪入れない否定に思わずたじろいだ。
「恋愛を……したいと思ったことは一度もない。けどずっと友達でいたいと思ったし、相談に乗ってくれるのもうれしかったし、相談に乗ってあげられるのとか……嬉しかったんだよ?」
 宥めるつもりで顔色を伺った。
「……俺が好きだって全く?」
 もはや彼はこちらを見てはいない。
「だってそんな、別の人と結婚してるのに、私のこと好きかもなんて思うはずないよ……」
 当然の一般論。
「……そうだよな……」
 西野はポケットから携帯を取り出し、パネルを指でなぞってから表示を確認するとフッと息を吐いて立ち上がった。
「悪かったな、遅くに」
 彼は顔を逸らしたまま、息子を抱えようとする。
「ううん、……大丈夫」
 そんな曖昧な言葉しか浮かばない。
「明日仕事だし……帰るよ」
「うん」
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