絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
 サクラは我先にと、それでも女性を意識しながらすごい勢いで廊下を走って行く。その行動力に関心した3人は、とりあえず今の状態を維持することにした。
「……西野さんの家族に連絡は?」
 香月は若い西野の妻を思い出そうとしたが、顔はあまり思い出せなかった。
「知らないんです、番号……。そうですよね、お母さんとかに連絡した方がいいですよね。携帯持ってたかナースの人に聞いてきます」
 最上がナースに、西野が携帯を持っていなかったことを確認してから、サクラに車に携帯が落ちていないか確認するよう電話をかけた後は、そのまましばらく沈黙が続いた。途中巽が席を立ち、2本のコーヒーと1本のココアを買ってきてくれた。
普段は秘書の風間に任せっぱなしなのに、こういう普通の気まわしもできるんだと少し驚いた。
「ありがとう」
 受け取ったとき、手が触れ、目を合わせた。多分きっと、自分の言動のせいで西野がこんなことになっているのだが、今自分がここに巽といることは決して間違っていない、と胸を張れた瞬間だった。
 飲み物が喉を通ってからは、ただの世間話をした。信じられないことに、時々笑いも起こった。最上は明日のおかずは何にしようといつも通りのセリフを口にしたので「コロッケでいいじゃん、肉屋の50円の」とアドバイスすると「コロッケ、チルドギョーザ、冷凍ハンバーグのループなんですよ、最近」と苦笑するので「魚焼けばいいじゃん、コロッケとギョーザとハンバーグの間で」。
「魚臭いからやだ」
「ロースター使えばマシじゃない?」
「あれは匂いには関係ないんですよ!」
「別に焼く時臭くてもいいじゃん。臭いくらいがちょうどいいんだってー」
「何の目安ですか、それ」
「何の目安でもないけどさ(笑) 」
「あっそだ、知ってます? この噂。松長さんの奥さん、ホストにはまってるらしいですよ」
「えー? ってゆーか、奥さんって誰?」
「いや、社内の人じゃない一般人だから私もよくは知りませんけど」
「ふーん、じゃあ今度誰かに聞いてみよ」
「わりと知ってる人いると思いますよ」
「そりゃ、ホストだし、話題性が高いよね」
「いや、そうじゃなくて。松長さん狙ってるが人多いからですよ」
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