絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
「いやー、軽く、ですよ。そういう人がいるって話くらいで。名前も忘れてたくらいです。私、顔見たことなかったし」
「あ、そうなの? 本社だけでかな。だから……抱かれたい男ナンバーワンみたいなそういう感じなのかなあ……例え古いけど(笑)。バレンタインのチョコレートなんかすごいよ! 特に二課の女の子なんか、彼らが通るだけで視線で追いかけてるからね」
「なんか、顔立ちの綺麗な人でしたね」
「うんそう。なのに仕事もできるからねー。ちくしょーって感じだよ(笑)」
「結婚されてないんですか? その人気ってことは」
「……いやー、そういえばどうなんだろう。知らない。独身……だと思うけどなあ。実際そういう浮いた話は聞いたことないなあ」
「そんな……若くないですよね」
「うん。宮下さんくらいなんじゃないのかな。そんな話してた気がする。同期かその辺りって」
「……謎ですね(笑)」
「うん、一番謎だよ。僕も謎。よく知らない。両方とも几帳面で期日の数日前には仕事仕上げるけどね、効率がいいからスピードが速くて、残業もあんまりしないよ。ほぼ6時前には帰ってる。まあ、持ち帰ってしてるのかもしれないけど」
「なるほど……」
「宮下さんとは店舗で一緒だったんだよね? しかも香月さんって一回人事に行ったことあったよね?」
「はい、一瞬(笑)」
「やっぱそうなんだ。そういえば一回そんな話聞いたことあったなあと思ってた」
「それにしても、こんな忙しい時期に私みたいな素人が来て、本当に良かったんでしょうか……」
「忙しい時期だからこそ人が欲しいし、そんな時だからこそ、明るい人がほしかったんだよ」
 成瀬はこちらを見ずに、明るく枝豆を口に入れた。
「あ、城嶋さんが私を推薦したって聞きましたけど」
「え、そうなの!?」
 相当驚いたのだろう、こちらを見て、目を見開いている。
「それは知らない……。僕は……田中部長か、まあ、人事で相談したか、って感じだと思ってたけど……城嶋さんが?」
「はい……私も、城嶋さんは私の何がよかったんだろうと思いましたけど……」
「いや、あの人は時々もぐって店舗見てるからね。私服で(笑)。だから密かによく見てるんだよ」
「そうなんですかあ。もしかして、知らない間に接客したのかな……」
「かもね。でもそれで一緒に仕事したいと思ってくれたんならすごいよ。結構一人でもくもくやってるように見えて、チームワークが大切だと思ってる人だからね」
「へえええええ」
「今はね、とにかく、この企画が成功することに皆必死だからね。忙しくなればなるほど真中夫人は機嫌悪いよ。僕も近寄りたくない。あとは……他の人は機嫌に左右されないというか、普通の大人だね(笑)」
「なるほど(笑)」
「……他になんか、聞きたいことある?」
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