絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
「うーん……」
 宮下のことなんか今更聞いたって仕方ない。
「ここ来て、正直良かったって思ってる?」
 成瀬はこちらを見ずに聞いた。
「そうですね……。最初はすごく嫌でした。私は、お店でフリー以外したことなかったから、こんな椅子に座ってパソコンに向かうなんて苦痛だと思ってましたけど……」
「(笑)。まあ、店舗とは全然雰囲気が違うしね。活気がない、というか(笑)」
「うん、そうですね。汗かいて走ることもないし……なんか逆に、嫌なこともない気がします。お店なら、第二倉庫まで商品取りに行くとか、すごく嫌でしたけど、そんなこともないし……」
「あー……。うん、でもまあ、香月さんが楽しいって思ってくれるような職場にしたいね」
 同期とは思えないほど、成瀬はしっかり大人びたコメントでもって締めくくろうとしてくれたのに、逆に蒸し返してしまう。
「……あの、今疑問に思ったんですけど」
「何?」
 枝豆にはまってしまったのか、延々食べ続けながらも、返事はしてくれた。
「もしかして、私、長期間本社にいるんでしょぅか?」
「……さあ。……嫌?」
 こちらを見てはくれない。
「嫌じゃないけど……またお店に戻れるのかな、それともこのまま本社なのかなって……気にはなります」
「うーん」
 しばらく沈黙になるのかな、と思った。口は動かせているが、顔は宙を仰ぎ、遠くを見ている。
「そうだね……城嶋さん次第って感じなのかなあ……今聞いた感じでは」
「……城嶋さんの機嫌取りってことですか?」
「いやー、そんなことしても何の役にも立ちそうにない人だけど(笑)」
 こちらを見て笑ってくれたので、ほっとした。
「ですよねー……」
「……、まあ、本当に嫌になったら正直に言えばいいと思うよ。無理にいたって仕方ないことだし」
 香月は目を逸らして、俯き、何度も縦に首を振った。
「……とりあえず、頑張ってみます」
「ん、期待してる(笑)」
 多分きっと、今ここにいるのが成瀬でなかったら、明日も本社に行こうとは思わなかったと思う。
 本社に移動してから3週間、ここが最大の山場であった。
 まずことの始まりは、会長の「増収増益率アップを目指す」という一言により、役員達が発案してきたことであった。
 大々的な売上伸び率改善計画のための1つ、他企業の店舗でも使えるポイントカードの導入。
 そのカードの種類は3段階。ゴールド、黒、ホワイト。もしくは4段階にしてプラチナも作る予定ということで今回はまず3色に限られた。ゴールドを発行できる人はごくわずか。常連が黒、大半がホワイトになる。
 ゴールドにはそれなりのプレゼント企画などを盛り込むとして、クレジットカードのゴールドカード同等の価値を見出せるものにする予定だ。
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