絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
 そう言うなり、携帯は切れた。
 すぐに、エレベーターから降りて、廊下を曲がった突き当たりの、玄関らしきドアが中から開いた。
「あっ……えっと、ごめんね。突然で」
 素直に巽の顔を見ることができなかった。そういえば、何をしに来たんだろう。今さらになって、考え始める。
「いいや……。丁度退屈していたところだ」
 白いバスロープ姿で、出て来た巽は、すんなりと部屋の中へ案内してくれた。リビングは何畳あるのか分からない。ただ、とても広くて、高級っぽくて、テレビが大きいことだけは確かだ。ソファやテーブルが白いのに対し、AV機器周辺は黒で統一されており、生活感のない、大人の男の雰囲気が、十分に演出されている。テーブルの上にはテレビのリモコンと、灰皿しかない。
「えーっと……」
 巽は、なにやらキッチンから自分で酒を取り出し、テーブルの上で店を開こうとしている。
 ボトルの酒、グラス、氷、マドラー、煙草、灰皿。全てセッティングされてから、気づく。
 グラス、一つってことは、自分だけ?
 そう、まさか巽が来客の世話などするはずないのだ。
 巽は自分一人、座り慣れたソファに腰掛け、まず氷をグラスに入れ始めた。
「えっと、私、何しに来たんだっけ……」
 なんとなく言いながら、辺りを見回す。それにしても、大きなテレビだ。レコーダーもまだ新しいし、高い品。だが、これだけハードディスクのテラが大きくても、撮り貯めすることもないだろう。
「あ! あそうだ!! ごめんなさい、私、そうだ!」
「……、気が済んだか、顔を見て謝って」
「すみません、申し訳ありません。大変申し訳ございませんでした」
 香月は思いつく限りの謝罪の言葉を述べながら、深々とお辞儀をする。
「言い慣れてるな、さすがに」
「さすがにの意味がよくわからないんですけど」
 巽は言いながら、ゆっくりと酒を味わっている。
「あの、あのハードディスクの中って何が入ってるんですか?」
「何のハードディスクだ?」
「レコーダー」
「いや……何も」
 やっぱり……。
 ふっと後ろを見ると、大きな窓に吸い寄せられる。まるで、東京タワーから見るような夜景が、自宅の窓から外へ広がっているのである。
「すごい……」
 香月が行く程度のモデルルームでは、こんなに素晴らしい物を見ることはできないだろう。
「酒は?」
「え?」
 背後からの声に、振り返る。
「飲めるのか?」
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