絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
「飲めるか飲めないかで言ったら、飲めますけど、飲めるか飲めないかで言ったら、飲めないと思います」
「…………」
 巽はこちらを睨んでいるような気がする。
「えっと……だから、医者からの制限とか、そういうのはないので一口くらいなら飲めるけど、飲んだくれのように何杯もは飲めませんって意味です。言葉だけで聞いたら、ふざけたように聞こえるかもしれないけど、ちゃんと喋ってます」
「飲む気はないってことだな?」
 その声は怒っているように聞こえた。
「そんなことないです、飲みます」
 香月はその怒りを制するように、ようやく巽の隣に、腰かけた。
「……グラスは戸棚の中だ」
「えっ、キッチンから取って来てもいいですか?」
 何も返事しないが、そういうことだろう。
 どこの戸棚よぉ?
 思いながら、香月は、すぐに立ち上がると、キッチンに入り、指示通り、戸棚にあった、巽が手にしているのと同じような物を持って来る。
「……氷から入れるんでしたっけ?」
「……」
 巽が何も言わないので、香月は、自分で氷をグラスの半分ほど入れる。
「で、そのお酒、入れたらいいですか?」
「……」
 だが、何も言わない。香月はようやく巽の顔を見て、
「あの……」
 相手は、こちらを一瞥すると、とくとくと、ボトルの酒をグラスに注いでくれた。
「……ロックで飲めるのか?」
「氷がいっぱい入ってるから、味が薄まってると思いますけど……」
 聞くだけ聞いておいて、何の反応もない。
「あの、飲んでみてもいいですか?」
「お好きに……」
 こっちのことなんてお構いなしみたいな顔だが、ったって、グラスとってこいって言ったのあんたでしょー!!
「頂きます」
 香月は、恐る恐る一口だけ飲んでみる。
「……うーん……」
 とりあえず、首をかしげて、唸ってみる。
「ランチに行きたいのか?」
「へっ? あ、ああ……いや、まあ……あそっか、明日休みか……」
「突然電話をかけてきたと思ったら……」
「……私、あれから色々あったんですよ。あのディズニーランドの日から。
まず、彼氏と別れて。会社の上司と付き合ってたけど、結婚してもいいって言われてたけど。なんか、そういう気持ちにはなれなくて。で、仕事しなきゃって思って、スキルアップのために試験受けたら、それを買われて本社に移動になって。毎日残業で。最近ようやく落ち着いてきた所だったんです」
「……」
「巽さんはあれから何か変わりましたか?」
 香月は巽に視線を移した。
「……別に」
「結婚してるんでしたっけ? ……巽さん」
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