絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
「いや、してない」
「何でですか?」
 酒は一口飲んだだけで諦めた。普段ビールもろくに飲めず、カクテルのようなジュース感覚の酒しか飲めない香月にとっては、人間の飲めるような物ではないと強く感じる。
「2人になる必要性を感じない」
「へー! すごい! ……2人になる、必要性、かあ……一人で大丈夫ってことですよね」
「お前も、そう思うから、別れたんだろ?」
「……まあ……」
 というか、半分以上、あなたとの浮気が、引き金になったんですけど。
「どうした? 残さず飲めよ」
 巽は、面白半分か、にやにや笑いながら、要求してくる。
「……、毎晩飲んでるんですか?」
 香月は、グラスを見つめながら、我慢して、少しずつ、少しずつ、飲んで行く。
「いや、そうでもない。飲む時間がないこともよくある」
 グラスの中身は段々減っていく。もともと量が少ないので、どうにか飲めそうだ。酔うかどうかというよりは、今は味がイマイチなのが気に入らない。
「…………、このお酒はお酒の中でも美味しい方なんですか?」
 後、一口にまでなってから香月は聞く。
 すると巽は、香月のグラスを取ったかと思うと、その最後の一口をぐっと口の中に入れた。
 そして、香月の顎を掴む。
 抵抗など、する暇がない。
 香月の唇は、簡単に奪われ、中に、ゆっくり、ゆっくりと、酒が入って来る。
「飲み方が悪い」
 だって。 
 香月は、唇を離されるなり、上目づかいで巽をじっと見つめた。唇の周りには、少し酒がついてしまい、それを、手の甲で密かに拭く。
「何だ?」
 余裕の表情で、相手は、聞いてくる。
「美味しくない」
「そうか? なら、もっと美味しい物を飲ませてやろうか……」
 巽は、意味深に笑う。
「何それ……」
 香月は顔を顰めた。
 じっと見つめていたのは、どうしてだったんだろう。
 そのせいでまた、うまく騙され、ソファに体を預けてしまうというのに。
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