絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
「あの、聞きたいんですけど」
「何だ?」
 何が美味しいのか、事後、一人で煙草を吸う巽は、隣でぼんやり寝そべる香月のことなどどうでもよさそうな、穏やかな声を出す。
「…………」
 何故このような事態にもっていくのか、聞いてみたかったが、いざとなると、言葉が出ない。
「まだ分からんが、おそらく来週の半ばは少し時間がとれる」
「…………?」
 眠気に襲われつつある香月は、その声を拾おうと、強引に目を開けた。
「半ば……水曜?」
「そうだな」
「水曜、会えるの?」
 言ってみて、考えさせられる。自分は巽に会いたいのだろうか?
「時間がとれればな」
「時間っていうのは、ないといえばないままだから、努力して作るんですよ」
「努力する意味がある時間ならいいのだが」
「……それって私のせいですかー?」
 香月は、言いながら、目を閉じた。
「いいや……」
 珍しく、素直に、返事をする。よほど機嫌がいいことが、何故か伝わってくる。
 そしてこのまま寝る気満々だったのにも関わらず、結局この日は、昼すぎまで寝かせてはもらえなかった。年齢以上に、精神年齢は高い気がするが、体力年齢は低いらしい。
 夕方もとっぷり暮れた頃になって、ようやく香月は、ベッドの上で目を覚ました。巽の姿は隣にはない。トイレにでも行ったか、まさか夕食を作っていないことだけは、確か。
 ふと見ると、サイドテーブルには黒い携帯が置かれていた。巽くらいの人物になれば携帯も2台くらいは持っているだろうが、これは、私用の方だろうか? 私が知っている携帯番号は、私用の方だろうか、それとも……。
 トイレに立ちあがろうとすると、想像以上に足が動かなくて驚いた。だるく、力が入らない。なんとか、壁をつたいながら、裸ですぐ隣のトイレへ入る。溜息は深くなるばかりだ。
 このトイレは一体だれが掃除をしているのだろう、秘書だろうか? としたら、風間? 彼が、エプロンをして、家中を駆け巡る想像ができなくもないが、できればそれは、家庭サーヒスの一環として、家で行っていてほしい気がした。
 トイレから出て、もう一度ベッドに横になる。
 まさか、私を放置して仕事行ったんじゃないだろうな……。
 ふっと、この家に自分一人なのではないだろうかという不安がよぎる。
 香月は、だるい体にムチ打って起き上がると、服を着替えて、部屋から出ることにした。
「……いたんだ」
 予想に反して、巽は、リビングのソファに寝そべり、テレビを見ていた。
「ここは俺の家だ」
 ……そうですけど。
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