絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
「おなかすいたなー」
 言いながら、巽の体に乗りかかるように、自然に体重をかけていく。自分でもこんなに軽く体を寄せ合っていけることが少し信じられなかった。
「そこまで淫乱だとは思わなかったが」
 という、突然のにやけ顔と、明るい声に、香月は一時停止。
「やだやだ、おじさんは」
 と、体を離しにかかる。
「何だ? 誘ったのはお前の方だろ?」
 いっ、いつの話よー!!
「ちょっ、重いー!」
 ソファの上で、逆に巽は、体重をかけて、馬乗りになってくる。
「何度目だ?」
 すぐそばで瞬きするのが分かる。
「いやいや!! おなかすいたんだってば!! ごはんごはん! 食事ぃ!」
 必死の抵抗に気づいたのか、巽は、ようやく体を持ち上げてくれる。
「飯か……」
「お腹すいた」
 そのスキに香月は、さっと、巽から体を抜くと、立ち上がった。
「何か食べに行こう、ね? だってさ、朝も昼も食べてないからお腹すいたよ。すいてない?」
「そうだな。食べに行くか……」
「何がいいかな。っていつもどんなとこ食べに行くの?」
「その格好では行けんな」
 ティシャツとジーパンで行けるような店じゃないのね……。
「じゃあ、作ってもいいけど」
 その気はゼロだが言うだけ言ってみる。
「ルームサービスでもいい」
「っていうかさ、別に、この格好でも食べに行けるとこいっぱいあるじゃん! まあ、マック行こうとは言わないけど、その……パスタとかならさ、その辺の」
「そんな物いらん」
「……あそう……、マックとか食べことないの?」
「ない」
「えー!? うそぉ……、じゃあすっごい美味しい高級なハンバーガーは、あるの?」
「……あったかな」
「……まあ、世の中にマック食べたことない人がいるとは思ってたけど、まあ、いるとは思うけどね。マックじゃなくて、モス派とか、それは色々……」
 香月はだらだら喋りながら、巽をじっと見つめた。
「何だ? 面倒ならこれで頼めばいい」
 って出してきたのは、これで2回目。マンションのルームサービス用のパンフレット。
「へー。こんなのあるんだー。東京マンションとは全然違うね」
「根本が違うだろう。経営者が同じだから名前は似ているが」
「あ、そうなんだ。へえー」
 言いながら、香月はソファに座って、最初の一ページ目からゆっくりと眺め始めた。
「よく頼む物は?」
「ない」
「えっ、頼んだことないの!?」
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