絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
「え?」
 香月は、予想もしない言葉に驚いて、巽を見た。
「せめて食事くらいまともにできるように」
 ……それってどういう……。
「それってどういうこと?」
「そのままだ」
「…………」
 講師……って、マナーの講師を雇ってやるから勉強しろってこと?
 そういう上品な人じゃないと相手にできないし、一緒に食事したら恥ずかしいから……。けど、何でそうなるんだろう。
 そういう、趣味なんだろうか?
「嫌か?」
 ようやく巽は口を開いた。
「嫌というか……、例えばそれって、これから何度もあなたと一緒に食事することがあるって意味なの?」
 考えながら言い終えて、ハッと気付いた。もしやこれは、話の核心ではないか!?
「……」
 視線に気づくと、巽はこっちを睨むほどきつく、見つめていた。
「いや……あなたが教えてくれればいいから」
 考えながら、喋る。
「ソファで足を崩すな、食器の音を立てるな、グラスを置く位置が逆だ」 
 一気に言いきる。
「え、…………」
「………」
「例えばぁ……」
 香月は、グラスの位置を戻しながら、話を始める。
「例えばあなたは、カップラーメンとか食べないの? 食べながら、それをどばーってパソコンにこぼしちゃって、ああーとか」
「ない」
「あそう……」
 何が聞きたかったわけでもないが、彼はとにかくそういうだらしないことをしないようだ。
 パフェも実に美味しいのに、食べ方に気を使うとなると、窮屈になってくる。
「……あーん」
 香月は思いついて、まだ魚を食べているであろう巽の口の前に、スプーンに乗せたクリームを出してみせた。
「……」
 眉間に皺を寄せながらも、意外にも、食べ終えるなりそのまま口を開いてくれる。
「……甘い」
 予想範囲内であろう感想を述べたので香月は笑った。
「そんなことないよ、生クリームのわりに甘くない。砂糖あんまり入れてないんだよ」
「甘い物は嫌いだ」
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