絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
「行けそうなんだね」
「はい、今銀行でお金下ろしてたところってことで、まあ、お金は大丈夫なんですけど、しかもどうしたことか行ってくれるとも言いましたけど、肝心の香月先輩のお金がないんですか?」
「家帰るの面倒だなあ……私、本当手ぶらなの」
 そこで、初めてバックをデスクの上に置いてきたことを思い出したが、今取りに帰るつもりはない。
「え―……もう……言いだしっぺなのに、お金も持ってないなんて、相当病んでますね」
「うん、相当なの」
 もちろん冗談に聞こえるように言う。
 2人は並んで歩き、すでに駅ビルの前まで来ている。
「仕方ないなあ。後で返して下さいよ、私も今からおろしますから」
「ごめんね、頼れる友よ」
「いいんですよ、しっかりした後輩ですから。で、吉田君はこっち向かってるそうです。ほんと吃驚しましたよ、いいって言ったときは。全然……遊園地なんて似合わない男なんですから」
「意外にジェットコースターでキャーとか言うかもよ?」
「聞きたくもない……」
 佐伯は首を振りながら、ATMの列に並んだ。
 構内を見上げた。デジタル時計は9:13。どうせ巽は今頃仕事をしている。ディズニーランドに行って、帰ってきたら夜。それから……巽のマンション行こう。運がよければいるだろうし、なければいない。携帯電話がない今、自分は自由だと確信した。
 佐伯が短い紙を見つめながら帰ってくる。
「はい、分かりやすく2万円貸します」
「うん、ありがとう。大事に使うね」
「うーん、吉田君はまだかな」
「あ、そう、私今携帯ないの」
「携帯もおいてきたんですかー!」
「あ、来た来た」
 構内でもその長身と清楚なイメージはわりと目立っている方だと、香月は勝手に評価した。
「改めまして、こんにちは」
「こんにちは……」
 視線を合わせず、それでも低い声で挨拶するその性格は嫌いではない。
「ごめんね、突然で! この人、私の職場の先輩で香月さんっていうんだけど、どうしてもディズニーランドに3人で行きたいとか言い出すから……」
「なんか面白いですよね」
 香月はにっこり微笑む。吉田は相変わらず無表情で特に何のリアクションもなかった。
「……」
「さあ、行こう」
「はいはい、あー、給料入ったところで良かった」
 3人は電車でずっと喋りっぱなしであった。基、2人は。
 吉田はなぜついてきたのか不思議なほど無口であったし、園内に入ってからも、ほぼ変わりはなかった。
 質問には答えてくれるので、情報には困らなかった。
 
< 64 / 318 >

この作品をシェア

pagetop