絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
 慌てて早足でロビーから出る。
 そして高級車、BMWの黒の中を確認。
「え」
 左ハンドルのサイドウィンドが開く前から分かってはいた。いや、知らない顔じゃない。知ってる顔。
 だけど、え?
「巽様は本日、都合で来られなくなりました」
 いつもいるボディガードの一人。あの、アクシアからホテルまで送ってくれた運転手は、車から出て来ると、スーツ姿のまま、無表情で報告する。
「チケットは持って来ています。これで、どなたかと御一緒して下さい」
 って、胸ポケットから白い封筒を取り出そうとしてくる。
「え……」
 まさか予想もしていなかった事態に、茫然と立ち尽くした。
 相手は、しっかりと封筒を持ち、こちらが手を伸ばすのを待っている。
「えっと、一緒には行けないんですか?」
 自分でもこの案が本当に自分の欲するところなのか、よくは分からない。だが、チケットの有効期限は今日に決まっているし、今から人を手配するのも、多分難しい。
「巽様は、今夜遅くに東京に帰られます。出張が長引いて……」
「あの、そうじゃなくて。あなたと一緒には行けませんか?」
 さすがにボディガードも驚いた表情を見せた。
「私、ですか?」
「駄目ですか? そういうのは社長の了解がないと。あ、仕事ありますもんね……。けど、もしいいって言うのなら、行きたいです。私一人では行けませんし、チケットがもったいないです」
 そこまで言って気づく。友達いないとか思われたかな……。
 だが、ボディガードはどんな顔もせず、
「……社長に確認します」
 と、一言だけ断り、すぐに携帯を取り出した。
 そっか……誘ったところで、この人スーツだしなあ……。
 それか、ディズニーランドで、ミッキーのティシャツに着替えさせるか?
 香月は、ミッキーのティシャツにスラックスを履いたボディガードを想像し、一人、笑いを堪えた。
「了解が取れました。ディズニーランドまでお送りします」
「……あの、送ってほしいわけじゃないんですけど……」
「中までお送りします」
 ボディガードはもう一度繰り返す。
「ああ……」
 それって、乗り物には乗らないってこと?
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