絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
「話してません」
「そうか……。時々、気にしてたろ? 玉越のこと。だから……、一応、伝えておこうと思って。まさか、倒れるとは思わなかったから……タイミングを考えるべきだった」
「いえ……。でも私、今まで忘れてました。今日、佐伯さんといて楽しかったから……。聞いた時はショックだったけど、もう全然会ってなかったからかな……」
「そうか……。悪かったな」
 宮下はこちらから何か言葉が出ると期待したようだが、香月はあえて何も答えなかった。
「明日からは来られるか?」
「はい……おかげで今日はさぼれました。城嶋さんは? 何か言ってました? 成瀬さんとか」
「いや、特に……城島さんは倒れた時に側にいたから」
「そうだったんですか……全然気づかなかった……」
「なんか太政さんがリムジンがどうのこうのと言っていたが……」
「……いえ、深い意味はありません……」
「そうか……」
「はい」
 ガムシロップもミルクもありったけコーヒーの中に入れてしまっていた香月のアイスコーヒーは、結局1センチくらいしか減っていない。
「香月」
「はい」
 話はこれで終わりだと思っていたが、宮下が真剣な声を出したのが分かったので顔を上げた。予想外に表情を厳しくしていたので、今日のさぼりのことを叱るのだと思って身構えた。
「俺とはこのまましばらく仕事をしないといけないと思う。だけど俺の言ったことを気にするといけないと思って」
「はい……」
 少し違うな、と感じ、無心で目の前の心を読もうと努力した。
「見合いをすることにしたんだ」
「………、それって私のせいですか?」
 疑問に思いすぐに口から出てしまう。
「いや……違うな。そろそろ結婚したいんだ……ごめん、香月のせいのような言い方になってしまった」
 宮下は息を吐き、テーブルの隅を見つめた。
「……そうですか……。あそうだ。西野さん……、いや、今思い出したから言ってしまうんですけど、黙っていてください。とりあえずは」
「え、何?」
 完全にペースを崩された宮下は、一瞬表情が微妙になる。
「西野さん、施設に預けた子を引き取るそうです。それで、出て行った母親と結婚するって」
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