絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
「え? ……結婚?」
「私もさっきそれ佐伯から聞いて吃驚して……」
「なんでまた?」
 わざわざ仲村副店長に頼んで施設にまで入れてもらっておきながら、結婚してしかも自分で育てていくことが、宮下にはすぐには受け入れられなかったようだ。
「……その子のことが忘れられなかった……みたいです。子供のことが。確かに最初はそう言ってました。仲村副店長が預けた方がいいって言ったときも、自分で育てたいって。だけど自分ひとりで育てるとなったら今の会社をやめないといけないだろうって話になって……だから結婚にしたんじゃないですかね……」
 全ては憶測と噂だが。きっと現実もそれに近い。
「それはまた大変なことになったな。でも羨ましくもあるかな。結婚して、父親になるということが」
 あまりにも鋭い言葉が、攻撃のように聞こえ、帰す言葉を失った。
「…………。そう、ですね……。私も、30すぎて独身だったらおばさんになってるかもしれませんね……」
 独身だったら、今のことを後悔するかもしれません、の一言だけは避けようと思ったせいで、妙なセリフが出てしまう。
「30はまだまだ若いよ。そういえば、あの……自殺未遂した子、どうなった?」
 宮下の中で、香月が過去の人になっていると実感した言葉であった。
「あぁ、全然知りません。榊とも連絡とってないから……そうですね、もう一度行った方がいいかもしれない」
「ああ……。あの子が起きたら、また……香月の身辺が変わるような、そんな気がしてた」
「……どんなに変わったって、阿佐子が目が覚めてくれる方がずっといいですけど……」
 思い出さないようにしていた何かが、崩れる気がして、気持ちをセーブしようと少し目を閉じた。
「そうだな」
「……はい」
「明日は来れそうか?」
「はい」
 そんな、二度も聞かれるほど落ち込んだ顔をしているのか気になって、「大丈夫です」と付け加えた。
「今日はこのまま帰るんだろ?」
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