絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
「まあ……長くないだろうということだ。この前一度心配停止状態になったらしい。今は持ち直しているが。俺も出張や講演が重なって、回復した後に聞いてな」
「……そうなの……」
「今は時間外だから入れないが、見に行くだけ行くか?」
「見れないんだよね?」
「ああ」
「………」
 最後に顔を見たのは、あの日、榊と3人で夜思い切り遊んだ日。あれから自分は、阿佐子の顔すら見ていない。
「覚悟しておいた方がいい。今度何か起きたら、もたないだろう」
 断言する医師の顔を見る気にはなれず、
「………明日、もう一度来るわ。時間内に」
 俯いたままで、息をするのが精いっぱいだった。
「今は時間が決められてる。昼間しか無理だ。12時からの30分だけ」
 病院と本社を往復するだけで一時間以上かかる。12時丁度に昼に入れても、1時に席に着くのは到底無理だ。
「……一週間は来れないわ……どうしよう、……」
「今はもう一週間も保証できない」
「え……うそ……」
「………」
 榊はこちらを見なかった。突然目の前に阿佐子の死が訪れようとしていることを知り、ただ、心が震える。
「早く来れば良かった……」
 後悔の念は大きい。
「悪い、連絡しよう、しようとは思っていたんだ」
「いいの……今日来て良かったわ……。昼休み、抜けられたら抜けてくる」
「ああ…、一度、会っていた方がいいかもしれない」
「……、けど、何も起きなかったら大丈夫よね?」
 榊は顔色も変えず、視線も変えず、こちらを見て堂々と言った。
「体自体がだいぶ弱ってきているから、何の保証もできないよ、今は」
 今更泣いたところで、何が変わるわけでもない。そう思い直して、ぐっと歯をくいしばった。
「………、ねえ、本当に阿佐子の好きな人って、あの人だったのかしら……」
 事の発端を、今更蒸し返しても、どうなるものでもない。
「さあ、本人に聞いてみないと分からないだろうな」
 榊はどうでも良いのかどうなのか、遠くを見つめて答えた。
「そうよね……、本人に聞いたのは私だわ。やっぱり中国人のあの人が好きだったのよね……」
「それとこれとは関係ないさ。たとえ関係があったって、どうにもならん」
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