絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
 考えている間に、ボディガードはドアを開いた。
「どうぞ」
 はー、そっか、この人の本職ってこういうことよね。運転手の後ろの後部座席のドアを開け、中に入るように促して来る。
「いえ、助手席で構いません」
 だって、そうじゃないと話がしにくい。
「……では、助手席にどうぞ」
 もちろん、ドアを開けてくれる。
「ありがとうございます」
 香月は丁寧に断ってから、中へ入った。車中は物が一つも置かれていないが、まさか車検の代車ではあるまい。ボディガードの使い専用の車だろうか。
 秘書は自らも車に乗り込むと、シートベルトをちゃんとかける。香月も、それに倣い、シートベルトをしっかりとかけた。
 車はさすが、丁寧な安全運転で、除徐にエントランスから出て行く。
「あの、お名前、お伺いしてもよろしいでしょうか?」
 普段、敬語が苦手な香月は、ここぞという時は、営業口調でいくことに決めている。
「……風間です」
「風間さん……あの、えっと、風間さんは、あの巽さんのボディガードなんですか?」
「いえ、秘書です」
 秘書が普通、人質縛るか?
 一年前に出会った時のことがすぐに蘇る。実に物騒な秘書だ。
「あの、ちなみに、今日は一緒に乗り物に乗ったりしてくれるんですか?」
「……それは……」
「それも社長の了解がないと無理なんですか?」
「……私は、護衛のつもりで今日はお伴します」
 お伴という古い言葉が可笑しくて、
「お伴……」
 と、繰り返してしまう。
「でも、その服じゃ、スーツじゃ、全然動けませんよね。すみません、突然お誘いして」
 まあ、突然断られたんだから仕方ない。
「いえ、社長命令ですから」
 ああ、チケットを届けろ、から、お伴をしろという、社長命令に変わったのね。
「桐嶋さんは、ディズニーランドに行ったことあります?」
 相手は自然な前を向いたままの無表情をずっと通している。
「あります。3年ほど前に行ったのが最後でしょうか」
「えっ、最近じゃないですか! ちなみに誰と、とか聞いてもいですか?」
 まあ、これだけインテリメガネ美人なら、ディズニーランドに行こうって誘ってくれる人が何人もいるわなあ、の派手な予想に対して、風間は
「家族とです」
 と、淡々と答えた。
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