絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
 散々。散々、弄ばれた。表現はそれが正しい。
 こちらの意見など聞き入れてはくれない。
 息をつく暇も許してはくれない。
 回を増す度に時間は濃密で長くなり、巽の思い通りでいいように、される。甘い言葉というよりは、攻めたてるような言葉を耳元で呟くが、その吐息に反応してしまい、言葉をしっかり聞き入れることもできず、うまく相手の要求に応じられないが仕方ない。
 それほどの経験もない。
 そして、疲れ果てて、眠った後、目が覚めたら誰もいないなんて。
まだ空は薄暗く、どれほども眠っていなかったのに、跡形もなく、誰もいなくなっているなんて。
 慌てて電話をした。どこにいるの? と。
 だが彼は電話には出なかった。
 翌日まで。
 普通、この場合、せめて当日に電話くらいしてくれてもいいと思う。いや、この場合、先に帰るなら帰るって言ってほしいと思う。部屋代全額支払って、朝食の用意してくれてたって、割には合わない。
 ただ、電話口で、
「……起きたら誰もいなかったからびっくりした」
 そう、正直に話すと、
「起きそうにないくらい寝入ってたからな」
 なんだか、その一言で巽の気遣いが伝わった気がして、責めはしなかった。
 その後ずっと巽のことを考えていた。何をしていてもあの体温、低い声、力強い腕の感触を思い出そうと、そればかりに集中してしまい、思い出しては身震いする。
 携帯電話も手放せなくなった。こちらから連絡しないと決めてしまうと、相手からかかってくるのを待つしかない。
 溜息をついて窓の外を眺めることも珍しくなくなっていた。
待ちに待った水曜の深夜は連絡が来ず、涙が出る想いで一人ベッドに潜り込んだが、翌日の木曜日の深夜。突然の電子音に手が震えるほどだった。
 ディスプレイを確認。巽だった。
『自宅か?』
「うん」
 もしかして、会えるの? の一言が喉からなかなか出ない。
『今中央ホテルにいるんだが』
 ここからだと一時間はかかるが、会社のすぐ側だ。
「明日の用意もしていこうか……」
 恐る恐る聞いてみる。
『ああ……今日は朝方まで時間がある』
 朝方?
 疑問に思ったが、すぐに電話は切れてしまう。
 朝方になったら行かないといけない場所がある……。そんな仕事、あるだろうか?
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