絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
 妙な誘いに納得いかなかったが、それでも、行かないという手はなかった。一刻も早く会いたくて、夢中で明日の用意を大きめのバックに詰め込み、いつものティシャツも、まだ半乾きの髪の毛もかまわず、エレベーターで息を整え、ロビーを走り抜け、タクシーに乗り込む。
「中央ホテルまでお願いします」
 言ってから気付く。今日はタクシー代がかなりかかる。バックの中を手探りし、財布を探し当てるとすぐに中を開く。大丈夫、二万円入っている。
 この財布も変え時かな……。いつだったか、佐伯と二人で買い物に行った時、デザインが気に入って即買いした輸入物のノーブランドの財布。値段は一万円くらいだった。
 バックもそう、自分自身、身に着けているもので、高価な物は特にない。値段で価値を見出すことはないし、ある程度貯金をしておきたいと考えているし。
 それに引き替え巽はどうだろう。豪華なマンションがありながらも、毎夜ホテルに連泊し、何十万もするスーツも何事もなく用意してくれる。
 どう思いながら、誘ってくれているのだろう。
 私が誘ってと、頼んだだろうか……。
 ホテルに着き、タクシーを降りてから前回同様部屋番号を確認し、ドアをノックする。
 予想はしていたが、今日もバスローブだった。
 今日は落ち着いて、少し話しがしたい。
 そう思っていたのに、手順というのは、慣れからくるのだろうか。
 前回もそうだった気がする。部屋に入るなり、どうでもいいことを、優しく、優しく言いながら、こちらの気を静め、自分の手の内に丸めこもうと、ゆっくり、ゆっくりと服の中に手を侵入させる……。
 いや、気のせいではない。
 確かにそうだった。
 自分は騙されている?
 確かめようにもその術がない。
 愛されている? 
 そんなこと、考えられるはずがない。
 だとしたら、この関係は何?
 迷いながらベッドに倒され、体が強張っていたはずなのに、気付けば何も考えられないくらい集中してしまっていた。アルコールが混ざった吐息の中の慣れた言葉や、巧みに動く太い指、体勢を変えようと強引に体を引き寄せる力強い腕に。
「待っていただろう?」
 途中、背後から密着され、言われてドキリとした。携帯電話を何度も見つめ、溜息をつく姿が見透かされていた気がした。
「お前は俺のこと以外は何も考えなくていい」
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