絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
 アクシアへ行こうか、新東京マンションへ行こうか、それとも、電話をかけ続けようか……。
 ぐるぐる想いはめぐり、結局何もできないまま、アクシアで巽とただ食事をする夢や、マンションからドライブに出かける、ありもしない夢をこの10日で何度も見た。
 ただ、その影には、いつも巽が帰る自宅があった。
 香月が知らない、巽の中心となっている、どこかの家。
 誰かと一緒に暮らしている、公の場所。
 女はどんな風なのだろう。もしかしたら、子供もいるのだろうか、だとしたら、どのくらいの年なのだろう……。
 鳴り続ける電話を無視する、巽とその家族らしきものの団欒、その団欒を裏切って、時折連絡をよこす巽。
 全部、妄想であり、想像ではあるが、幻想ではない気がした。
 翌月、8月9日火曜日。結局あのままホテルで別れた後から、何の連絡もないことに、かなり気落ちしていた。そんな中で、仕事の多忙と寝不足は続き、巽のことを思い出さなくするように気持ちを整えていかなければいかないのかもしれないと思い始めた、その深夜。
「…………もしもし……」
『寝ていたのか?』
「うん……」
 嬉しいのか、悲しいのか分からなかった。
 変わらぬ低い声はそのままで、後ろの雑音はいつものように車内だと分かる。
『……迎えに行く。15分後に下りてこい』
「……えっ……」
 予想とは全く違う誘い方に、香月は全ての想像を忘れた。
『聞こえたか?』
「え、あ、うん……」
『切るぞ』
 電話は、こちらが切るのを待つことなく、あっさりと切れる。
 巽が……今から東京マンションに迎えに来て……それからどうするって?
 香月はすぐに簡単に着替えをして下に降りたが、その時には既に15分を経過してしまっていたのだろう。マンションのエントランスには既に、黒のBMWが重厚そうに停車していた。
 慌てて小走りで近づく。車にうとい香月もいつものリムジンでないことに気付き、左運転席の中を覗き込んだ。
 スーツで決め込み、最後の一煙を吐きながらタバコをダストボックスで潰すいつもの巽は、無言で乗るよう指示する。
 香月はそれに従い、右助手席に乗り込んだ。自分の軽とは匂いからして違う。物が一つもない車内は、タバコの匂いが充満していた。
「……突然……ですね」
 第一声が、それ。
「近くまで来たんでな」
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