絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
 シートベルトもせず、ただアクセルを踏む巽は、こちらなど見てはいない。
「……そう……ですか」
「明日は仕事か?」
「はい」
「新聞が溜まってるんだな」
「新聞? 最近はちゃんと仕事してます。店舗に販売員としての応援がほとんどですけど。明日はうちから近くのところだから、近いんです」
「そうか」
 言いながら、何故か少し笑っている。
「……今日は機嫌、いいんですね。いいことでもあったんですか?」
 例えば、仕事以外の何かいいことがあったとか。そういう話を聞いてみたい。
「いや……。まあ、明日休みというのは、あるかもな」
「え!? 明日休み!?」
 自分でもびっくりするくらいの大声が出たので、慌てて口元を抑えた。
「そうだ」
 巽は少し顔を顰めてこちらを一度見た。
「………。ねえ、休みの日って何してるんですか?」
 丸一日一緒にいられるかもしれない。そう思っただけで、距離が格段に縮まり、さっきまでの疑いや不安は一気に吹き飛んだ。
「……お前のしたいようにすればいいさ」
 どういう意味か分からず、明日の一日を香月の好きなように使ってもいいという意味なのか、それとも、全く別の意味があるのかは分からずその先をじっくり聞きたかったが、車は既に新東京マンションの駐車場に入ってしまっていた。
「今仕事帰りですよね、スーツってことは。ご飯、食べました?」
 時刻は午前零時を過ぎている。
「お前は食ってるだろ?」
「まあ……」
「腹が減ったのか?」
 巽はそのまま車から、先に降りてしまう。
「え、ううん……」
 香月も仕方なく車から降りる。
「あのぉ、休みってことは……」
 聞いているのかいないのか、巽はそのまま、風除室のディスプレイで暗証番号を入れ、ロビーを通り抜けていく。
「……おい」
 ぼんやり遅れる香月に巽は、エレベーターホールまで歩きながら、声をかけた。
「……」
 香月にできることは、小走りで、巽について行くことくらいしかない。
 巽がボタンを押していてくれたおかげで、すぐにエレベーターに乗ることができる。
「こんな服しか持ってないのか?」
 扉が閉まるなり、背後から言われて心底後悔したのもつかの間、少し振り返ろうとすると右手で顎を持たれた。
「えっ、あっ、……」
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