絡む指 強引な誘い 背には壁 Ⅲ
 不意に体の重みがなくなり、巽が離れたのが分かる。
「…………」
 私が、悪い? 
 帰ろうとする後ろ姿に、
「ごめん!」
 反射的に謝った。
 悪いのは、自分、この関係を理解できていないのは自分、我儘を言っているのは、自分。
 その自分の全てをクリアにしないと、巽はこちらを向いてはくれない。
「……」
 帰るのかと思いきや、何も言わずにバスルームへ入ってしまう。
 涙が溢れ出た。
 承知しなければ、理解しなければ、受け入れ、なければ、会ってはくれない。電話もかけてもらえない、興味を持っては、もらえない。
 一生懸命、泣きやみ、気持ちを整理する。
 涙を拭いて、洗面室で顔を洗い、水を飲んで、喉の痛さを和らげようとする。
 鏡を見て、深呼吸、……ひどい顔だ。
「!?」
 気配に気づくのが遅れ、巽が中から出てきてしまう。
「……」
 鏡の中で目が合い、慌てて洗面所から出て、溜息を吐いた。
 うまく、できない。
 難しい。
 ……巽の興味を引くことなんか、難しいに決まっている。
 リムジンやBMを乗り回し、スイートに連泊する財力を持ち、常に秘書を従えた頂点の巽を、ただの一般人のOLが興味を引こうなど、身の程知らずもいいところで。
 こちらに興味を持つなんて、一時的なことに決まっているのに、決まっているのに……。
 数々の投げやりな言葉が浮かんだが、巽がバスルームから出て来ると、すぐに、そこはクリアになってしまう。
「機嫌、治ったか?」
 そういうんじゃ、ないけど……。
「……ごめん」 
 それしか、口から出てこない。
 巽は、バスローブを羽織って出て来ると、タバコに火をつけ、部屋の隅で外を眺める香月のことなど気にせず、ソファに腰をかけながらふっと息を吐いた。
「何を謝る必要がある」
 両足を持ち上げてテーブルの上に乗せ、かなりの上から目線。
「…………」
 いいかけて、やめる。
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