無題
「さぁて、お姉様はそろそろ行くけど!これからあんた1人でここで暮らすのよ、そしてあんた1人でここで仕事をするの!本当に大丈夫かな…。」
「大丈夫だって!俺だって爺ちゃんの刑事の仕事ずっと近くで見てきたんだ、そこらへんの私立探偵よりはずっと頼りになるはずだよ!」
心配する百花をよそに、千早は右手でつくった拳をどんっと勇ましく胸に当てみせた。
それでも不安なのかやはり百花は首を少しかしげてため息をついた。
百花は今年から結婚を前提に付き合っていた恋人と同棲をすることになった。
だから、までここで一緒に暮らしていたが、今日から千早1人でこの洋館に住まい、そして生計をたてるために探偵事務所開くというわけだ。
しかし百花は、今年大学を卒業したばかりの千早が心配で仕方がないらしい。
小さめの軽自動車が、ぶろろろろ…と獣の低い鳴き声の様な音をたてて走り出そうとしている。
その運転席の窓からひょっこりと百花が顔を出すと
「じゃあ頑張ってね、なんなあったらすぐ電話して!飛んで帰ってくるから!」
「大丈夫だよ!子供じゃないんだから…」
それでもまだ不安そうな顔をしながら、名残惜しそうに車を発進させた。
千早はその車が見えなくなるまで、蔦や花でかざられた美しい門のまえに立ったいた。
車が見えなくなると、ふぅと息をついてその頼りない背中を丸め洋館に戻って行く。
千早だけになり他に人などいない寂しい洋館なのだが、なぜかその建物全体が不思議と暗闇にふわりと灯ったロウソクの火のような温かみをおびていた。
しかし彼はそな建物の不思議な異変に気づくことはなかった。