僕らのシナリオ





「はあ…………」


長い練習と、本気で僕にフォークを覚えさせようとしている吉田のスパルタ教育に軋む身体を引きずって、僕は忘れたシナリオノートを教室にとりに戻った。


まだ下校時刻ではないため、外は少し賑やかだが、さすがに校舎に残っている人数は少なく、静けさが虚しさを誘う。



「あ。」


教室に入ると、いつもの僕の特等席であるベランダに、だれかが立っていた。


さらさらの黒髪が、風になびいている。




「飯島さん?」


そう呼ぶと、ベランダの人影がはっと振り向く。



やっぱりその人影は飯島さんで、いつもはしっかり留めているブレザーのボタンを外し、風で顔にかかる長い髪を耳にかける姿が別人のように見えて少し驚く。


「あ、泪くん。」

いつもみたいに静かな声で言ってやわらかく微笑むと、ベランダから教室へと戻ってくる。



「さっき、見てたよ。
泪くん、野球得意なんだね。」


僕も教室へ入って、窓際の自分の席へと近寄る。


「なんか、照れるなあ。
小学校以来だから自信ないんだけど……。」


ベランダへのドアはその自分の席の横にあるので、飯島さんに近寄っていく形になった。

ベランダのドアを閉め、そこにもたれるようにして飯島さんは立っていた。


「球技大会、楽しみだね。」

そう言って笑う飯島さんを見て、一度目をふせてしゃがむと、机の中を探す。


「…………そういえばさあ、なんで飯島さんは球技大会見学なの?」


すると、飯島さんが少し黙り込んでしまう。


僕はただ答えを待って、でも机からシナリオノートを探し出すと、立ち上がって飯島さんを見た。


飯島さんは少しうつむいていた。



「………無理に言わなくてもいいよ。

これでも飯島さんとは仲良くなれたほうだと思ってるからさ、困ってたら言って。

じゃ、僕は帰るから。」


ノートをひらひらと揺らしてそう言って、僕は振り向いた。

だけどそこで気づいて、もう一度飯島さんのほうを見る。


「今日も迎えに来てもらうの?」


突然の質問かに驚いた顔をしてから、飯島さんがうなずく。

「え?あ、うん。」

僕はそれに微笑んで、


「そっか。じゃ、また明日ね。」


と言って、帰った。








< 25 / 131 >

この作品をシェア

pagetop