僕らのシナリオ
思わず自分にため息をつきそうになるが、なんとかこらえてなんでもない振りをする。
しかしそこで、
「あ。」
思いついて思わず口に出した僕を飯島が見上げる。
「どうしたの?」
僕は飯島のほうをまじまじと見て、それに少し驚く飯島を無視して口を開く。
「大丈夫なの?」
「え?何が?」
「今日はお父さんに迎えに来てもらってないの?」
飯島は身体が弱い。
人よりも骨が弱くて、普通なら捻挫くらいですみそうなときでも骨折をしてしまうらしい。
体育の授業や球技大会を休むほどで、球技大会のころには親に送り迎えをされていたのだ。
でもいま飯島は歩いていて。
急に心配になってきて僕はそう聞いた。
だが飯島は少し照れたようなうれしそうな顔をして笑う。
「………ありがと。でも、歩くようにするって決めたの。
球技大会のときに泪くんとキャッチボールしてすごく楽しかったし。」
それでも僕が心配そうな顔をすると、飯島はもう一度僕を見て微笑んで、とんとんっと軽い足取りで僕の前を少しスキップする。
「ね、平気でしょ?
もちろん体育とかはできないけど、キャッチボールはできるし、みんなとジェットコースターにも乗れるんだもん。
きっと大丈夫。ううん。大丈夫になる。」
いつになく明るい声でたくさん話す飯島を見つめていると、飯島は振り向いて僕の方をまた少し照れたように見つめる。
「変わるって決めたの。
私、もっと泪くんたちといろんなとこに行きたいし、いろんなことしたい。
今まで身体のせいにしてできなかったこと、これからいっぱいしたい。」
楽しそうに言う飯島に、いつの間にか僕もつられて微笑む。
暑い日差しの中で真っ白な肌の飯島は涼しげで、黒い髪がつやつやと輝いている。
「ってお父さんとお母さんにも言ったら、喜んでたしね。」
肩をすくめてそう笑う飯島が、本当に4月のころよりずっと変わっていて、うれしくなる。
でも、僕はそんな変わっていく飯島に寂しくもなった。
もし、これから飯島がこうやって明るくなっていて、たくさんの人と話すようになったら。
こうして2人で話すことも減るのだろうか。
僕はそんな寂しさを紛らわすように、笑う。
「これから、ひま?」
僕の質問に少しきょとんとしてから、飯島はうなずく。
僕はそれにまた微笑んで自転車にまたがって、後ろの荷台をぽんぽんと叩く。
「じゃ、乗って。」
「え?」
不思議そうにする飯島の横まで自転車をずらして、僕はペダルに足をかける。
「河原、行こうよ。
キャッチボールしよ。」
飯島はそれに一気に明るい笑顔になって、しっかりとうなずいた。