僕らのシナリオ
暑い日差しの中のキャッチボールは、けっこう汗をかく。
でも、辛いとは思わなかった。
飯島は終始笑っていて、少し汗をかいて濡れた前髪が額に張り付いていた。
飯島が楽しそうに笑うとき、僕はほんとに自然と微笑む。
いつまでもその笑顔が見たいと思うし、だからもっと飯島が喜ぶことをしてあげたいとも思う。
さっき、飯島が僕と話すことがなくなったら、と心配したけど、そんなのは嫌だと思った。
独占したいとか、そういうのじゃない。
って言うのは、偽善だろうか。
「あつーい。」
額の汗を腕でぬぐう飯島を見て、僕は笑う。
「じゃ、休憩。」
そう言ってズボンを膝までまくる僕を見て、飯島が不思議そうな顔をする。
僕は靴と靴下を脱ぎ捨ててグローブを置くと、川へざぶざぶと入っていった。
「えぇ?」
驚く飯島のほうを振り向いて、僕はこっちへ手招きをする。
「飯島も来なよ!冷たいよ!」
飯島はまた驚いた顔をしたが、すぐにうれしそうな顔になってうなずく。
しかし、靴下とローファーを脱いだところまでは勢いがよかったのだが、いざ川に足を入れるというところになって、飯島は固まる。
銀縁眼鏡の向こうの目を細めて、川の中の小さな魚をにらみつける。
「………どうしたの?」
僕が思わず聞くと、飯島は少しうるんだ目で僕を見つめて、小さく言う。
「…………川に入ったこと、ない。」
「うそぉ?!」
「だ、だってお母さんたちに止められてたし!そ、それにもしカニに挟まれたら……」
そう言ってまた川をにらみつける飯島。
カニ。
さっきから川をにらみつけていたのは、カニを警戒していたからなのか。
そう思うと………
「ぷ。あははっ!あはははは!はははは!」
「も、もう!笑わないでよ〜。」
弱気にそう言う飯島にまたひとしきり笑って、僕は笑いすぎて出てきた涙をぬぐう。
「はは、ははは……ああ、笑った。
大丈夫だよ。僕がいるから。」
そう言って僕は右手を飯島に差し出す。
「え?」
「ほら、手、握っててあげるから、入ってみなよ。」
飯島は少し驚いたように目を見開いてから顔を赤らめてうつむくと、小さくうなずく。
わずかに震える白い手を、ゆっくりと僕の手の平に乗せる。
触れるか触れられないかの感覚で乗せられた手に僕まで顔が赤くなりそうなのをこらえ、思いきって握る。
「………!」
また飯島が顔を赤くするので、ごまかすように急かす。
「ほら、入ってみて。」
飯島はまた少し川を睨みつけてから、ゆっくりと右足のつま先からゆっくりと川に入れる。
冷たさに顔を輝かせる飯島に微笑んで、少しこちら側に飯島の手を引く。
それにつられて飯島は左足も川に入れた。