まだ、恋には届かない。
朝。
うふふ。

カレンダーに丸をつけて、松本亜紀(まつもと あき)は笑った。
念願の舞台チケットを、真夜中、ひたすら電話を掛けまくって手に入れた。
これを喜ばずにいられるものかと、亜紀は顔をにやつかせ続けた。
喜びの笑みを浮かべずにはいられない。
そんな心境だった。

コツンと、後ろから頭を小突かれて痛いなあとこぼしつつ顔を上げると、上司の町田弘一(まちだ こういち)がそこにいて、うす気味悪そうに亜紀を見ていた。

上司といっても、亜紀とは同期で入社した男である。
ただし、明子は専門卒で。
町田は大卒で。
だから、2学年分の年の差がある。

「朝から、気色悪い笑い方してんじゃねえよ」

小突かれた後頭部を摩りながら、余計なお世話ですよと内心でこっそりと毒づくものの「おはようございます」と、にこやかな声で朝の挨拶を返した。

「なんだ? 来年の2月の土曜なんかに丸つけて」
「予定があるから。丸をつけんですよ。何か問題ありますか?」
「問題あるとは言ってねえだろ。バカ。なんだって聞いただけだろ」
「まーちだー。まつもとー。朝からうるせーぞー」

机で突っ伏すように寝ていた係長の野田健治(のだ けんじ)が、のっそりと体を起こして、2人を窘めた。

昨夜は深夜まで発注ミスなどという不始末を仕出かした新人の尻拭い作業で残業して、挙げ句終電を逃した野田は、そのまま朝まで仕事をしていたらしい。

「はーい。すいませーん」

全く心のこもっていない亜紀の口先だけの謝罪に、野田は手元にあった消しゴムを亜紀に向かって投げつけた。
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