まだ、恋には届かない。
「触らないでくださいよっ 町田のその汚れた手で、慎くんを汚さないでくださいっ」
「なんだとっ また落書きすねぞっ」
「明日、会社で泣いてやるっ 町田さんに、いたずらされましたってっ」

えーんって、野田さんに泣きついてやるっ
わーわーと喚く亜紀に、人聞き悪いこと言いふらすなっと、町田は怒鳴り返した。

「お前と、どうこうなんて、そんな妙なうわさなんぞ流されたら、俺は会社辞めるぞっ」
「私だって、ごめんですよ。なんで、よりによって、町田さんですか」

口を横にいーっと広げて、町田の言葉に反論する亜紀に、口のへらねえやつだなと言いながら、町田はまたイスに座った。

亜紀は出来上がった親子丼の具をご飯の上に盛り付け、木のスプーンと一緒に町田の前に置いた。

ふわんと鼻に広がった匂いに、町田の表情が瞬く間に柔らかくなった。

「暖かいうちに、食べてください」
「うまそうだな。つうか。15分くらいで作っちまうんだ?」
「親子丼ですよ? まあ、お肉に下味つける人とかは、もっと時間かかると思いますけど。そういう手間かけなければ、そんなもんですよ」
「でも、これも作ったんだろ?」

一緒に置かれたスープを指して、町田は亜紀の顔をしげしげと眺めた。

「それこそ、鶏がらスープの素と、切ったちくわとしいたけ放り込んで、塩で味調えただけですもん。手間なんて掛からないですよ」

感心しきりの町田に、大したことないですよと言いながら、亜紀は冷蔵庫の中から、昨夜作ったキャベツとキュウリの浅漬けほ小皿に盛り、並べた。
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