まだ、恋には届かない。
「あー。もう、十分だよ。これで。いただきます」

手を合わせ、そう言って、親子丼を一口食べて。

町田の手が止まった。

「味、薄かったですか? 濃くはないと思うんですけど」

町田の反応に、口に合わなかったかなと、亜紀は困ったように町田を見た。

料理上手というつもりはないが、今まで亜紀の料理を食べた者たちには、概ね好評だったので、まあ、そこそこ食べられるものは作れると、自分ではそう思っていたが、町田の口に合うかどうかは判らなかった。

「いや。うまいよ。うまいんで、びっくりした」

うん。
あまり抑揚のない声だったが、町田はそう言うと、ちょっと行儀悪いかもだけど、許せよなと言って、掻き込むように親子丼を食べ始めた。


‐うめっ


そう言いながら、ガシガシと、お腹を空かせていた子どものように食べ始めた町田に、亜紀はその目をパチクリをさせ、やがて自分も毎日会社に持参している弁当を広げて食べ始めた。





「ごちそうさん。悪かったな」

飯まで、食わせてもらっちまって。
午後の就業開始時刻は13時だ。それに間に合う時間を見計らって、町田は玄関に向かった。

「いいえ。お粗末さまでした」

ひょこりひょこりという足取りで、玄関まで付いてきた亜紀は、靴を履く町田な後姿にそう答えた。

立ち上がった町田は、亜紀の顔を正面から見据え、穏やかな笑みを浮かべて見せた。

「無理はするなよ。明日も辛いようなら休め。仕事は大丈夫だから。俺が」

なんとかするから。
亜紀に言い聞かせるように、町田はそう語り聞かせた。

「そこは信用してくれよ」
「信じてます」

仕事に関しては。
亜紀はそう答えながら、ふふっと明るい笑い声をあげる。

町田も「このやろ」と言う口で、同じように軽快な笑い声をあげた。

「じゃあな」

パタンと閉じられたドアを、亜紀はしばらく見つめ続けた。
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