永遠を繋いで
「あの、一人暮らしだったんですか」

「親はほとんど海外であんま帰ってこないし、まぁそうなるのかな。だからそんな緊張しなくても」

珍しく強張ったようにキョロキョロする茜くんを見れば、知らなかったし、と息を吐いた。

「お父さんめっちゃ怖かったらどうしよとか色々考えてました。あと殴りかかられた時受け身とんなきゃとか」

「え、うける」

「真面目に昨日考えたんですけど」

至って真面目な顔で返され吹き出してしまった。残念ながら家の親はお堅い人種ではないので、もしはち合わせてもその心配事は無駄に終わるだろう。

いつも殺風景なリビングに茜くんがいるのはなんだか不思議な気分だ。上着を脱いでだらりと足を伸ばす茜くんの向かいに座り、教科書を広げる。

始めようか、と言うと茜くんは大人しく勉強を始めた。そのままどれくらい経ったのか、しばらく無言のまま黙々とテーブルに向かっていた。シャープペンがルーズリーフの上を走る二つの音だけが、部屋に不規則に静かに聞こえている。
休憩しようかと眼鏡を外して視線を上げれば、視線が交合う。吸い込まれそうな黒が揺れて、優し気に細められた。

「休憩します?」

「うん。何か飲み物持ってくるね」

キッチンに立って二つのコップを用意していると、後ろから温かい重さを感じた。腰のあたりに腕を巻き付けるように覆い被さられ、身動きがとれない。抱き締められるのは、あたしが泣いている時を除けば初めてだ。冷静でいる今、茜くんの体温と匂いに包まれ心臓が煩く跳ねる。
動揺を悟られまいと、どうしたの、と訊けば本日二度目の恐ろしい言葉が上から降ってくる。

「どうしよう、本当に襲いたいです」

幻聴であって欲しいと、そう思わずにはいられなかった。なぜなら声色に冗談めいた雰囲気が一切なかったからである。茜くんはもっと、年下の可愛い、少し生意気な男の子だったはずだ。あたしの中の彼はそういう存在であった。
大体、あたし達は普通に勉強をしていただけだったはずだ。興奮する要素など一つも有りはしなかった。
振り返るのは怖かった。いつもなら格好良いと思う顔を、今は見てはいけないような気がした。

「…離してくれるかな」

「嫌です」

「どうしてこうなったのかな」

「いや、眼鏡してる姿に色気を感じまして」

訪れた沈黙。それを破ったのは、あたしの間の抜けた声だった。茜くんのツボがいまいち分からない。しかし身の危険を感じたので、変なことしたら嫌いになるよ、と振り返らないまま言えば大人しく体を解放された。ごめんなさい、と素直に謝ったのはいつもの無表情がちな茜くんで、ほっと息を吐く。

ただ、茜くんの前で眼鏡をかけるのは今後控えようと、頭の隅で思った。
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