一般人になるまで
「早く、その嘔吐物を拭きなさいって言ってるでしょう」

耳に入ってきた言葉
自分が寝そべっている床には、嘔吐物、嘔吐物、嘔吐物

異臭がすぐ近く、鼻をかすめる
ツーンとして、何も出すものがなくなった胃からは胃液が出た

ゴボッと音がして、また嘔吐物が増えるのを見て、母は気味悪い、と一言呟いた

ふと時計に目をやると零時
九時に寝ないといけないのに、もう三時間もオーバーしているではないか

「お、母さ…、ごめ、なさ…」

ひゅーひゅーと乾いた喉を必死に動かして、謝る
帰りが遅れたこと、九時に寝れなかったこと
何度も何度も何度も謝る

百、と数えたときに
それまで喋っていなかった母が動いた

「いいの拓人、お母さん全然怒ってないから」

全然怒ってなくて、こんなに大変な目に遭うのだろうか
だったら怒ったらどうなるのだろうか
この考えは、脳内でもみ消すことにする

「あ、りがと…ござッ、ま…す…」

許して貰った
お礼を言う
人間として当然の行い

母はにっこりと笑って、床を拭きなさい、と命令する

さっきとは違う声
いつもの声だ
嬉しくなって、必死で床を拭いた

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