七つの椅子
第二十四話
暗闇に浮かび上がる無人の商店街を足元に、俺の耳にはヒューヒューと風の音しか聞こえない。
今、手すりを掴む右手を離したら、もう俺は苦しまなくて済む。
最後にエレナに会いたかった。
笑った顔、怒った顔、楽しそうな顔、嬉しそうな顔、ドヤ顔、挑発的な顔、俺を見つめる顔……。
泣いた顔なんて見たこと無いが、枕にシミを作る程泣いていたのを知っている。
もう一度……声を聞きたい。
エレナの声で、俺の名前を呼んで欲しい。
「竜治ッ!!」
風の音だけの中で叫ばれた俺の名前。
反射的に声のする方へ振り返る。
「……エレ、ナ……?」
愛しい声の持ち主は肩で息をして立っていた。
「竜治ッ!!」
「エレナ!!」
俺は右手に力を入れ、手すりを飛び越えた。