夏休みの恋人
誰かに呼ばれた気がして、俺は目が覚めた。

机の上で腕枕をして寝ていた俺は、しばしぼんやりとして、夢の残像が自然に掻き消えていくにまかせる。

「………またあの夢か」


ぽつりと、誰もいない教室で、独りごちる。

放課後、特に何も用がなかったが真っ直ぐ家に帰る気になれず、かといってどこかに寄る気にもなれなかったから、何をするでもなく教室で暇をもてあましていたら、いつの間にか眠っていたようだ。


重い頭を載せて痺れている腕を解き、のろのろと頭を起こした。

ふと自分の指先に目がとまり、目を細めてしげしげと観察する。



作った覚えのない、ペンだこ。



俺に二ヶ月の記憶がない証拠。

俺の右手の指に、夏休み前まではなかったはずの、でっかいペンダコができていたこと。

どれだけ毎日ペンを握っていたんだ、ってくらいに見事なタコができている。

記憶喪失の間、猛勉強でもしていたんだろうか。

だとすれば、せっかく勉強した内容を忘れてしまったのはかなり惜しい。

覚えがないといえばもう一つ。

夏休みに遊ぶために貯めていたお金がすっからかんになっていること。



夏休みの俺よ、人の金を勝手に使うな!!



………いや、俺なんだけど。



あとはノートやらMDやらなくなっていたが、気にする程ではない。


「夏休みの間、何してたんだろなー俺…………」


我ながら、まるで他人事のようだ。

窓の外の空を見やると、茜の空にうっすらと藍が混じってきていた。

そろそろ帰るか、と誰にともなく呟いて、鞄を手に取り教室を後にした。
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