夏休みの恋人
頬杖をついていた腕が痺れてきて、入れ替えようとした時、少女の腕に微かに触れてしまった。


「ん………」


小さく呻いて、女の子が起きた。



あ、やべ。



反射的にそう思ったが、だからといって為す術もなく、俺はただじっと彼女が身動くのを見守っていた。



彼女が、ゆるりと身を起こした。



黒い髪が、劇舞台の深紅のベルベットのカーテンのように、上がっていった。



彼女と、目が合った。



真ん丸で綺麗な黒い瞳。



咄嗟に思った。



可愛いな。



「………け、い?」



寝起きで擦れたその声を聞いて、何故か安心した。



俺は彼女が俺の名前を知っていることに、何も疑問を抱かなかった。



違和感などなかった。



むしろ、安堵した。



だから俺は否定もせずに、訊ね返した。


「そう、オレの名前は慶。佐山 慶(さやま けい)。あんたは何て名前?」



何故だろう。



彼女は泣きそうに顔を歪めた。



この表情を、俺はどこかで見たことがある。



「あわもり………こうこ」

こうこ。


『こーこ』。



どうしてだろう。



その響きはひどく耳に馴染む。



何故だか胸が苦しい。



泣きたいくらいに切なくなる。



俺は自分も彼女と同じ顔をしていることに気付かなかった。


泣きそうに歪めた顔。






―――それが俺と彼女の、『三度目』の出会いだった。
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