キリと悪魔の千年回廊 (りお様/イラスト)
息を止めたラグナードの横から、キリが前方に向かって手を突き出した。
ラグナードの鼻先すれすれの位置で、見えない壁でもあるかのような錯覚すら与えて、吹きつける凍結の息吹がかき消えた。
「助かった、キリ……」
ひやりとしながら、ラグナードがふり返って礼を言って、
ドラゴンの氷の魔法を消したキリは、生きた心地もせずに目に涙を浮かべてこくこくと無言でうなずいた。
『霧の魔法!?』
低いうなりのような言葉が響きわたった。
『おお──なんということか……!』
驚いたラグナードが視線を戻すと、ドラゴンは宙に浮いて羽ばたきながら、じっとこちらを青い目で見据えていた。
『地の人よ』
と、牙の生えそろった口が動いて言葉がもれ出でる。
『なんと忌まわしい者を連れてきた』
ドラゴンが言葉を発するとは思っていなかったラグナードは、目の前の怪物の口から放たれた言語に耳を疑った。
「王族言語リンガー・レクス──!?」
ドラゴンが話している言葉は、まぎれもなく人の王たちだけが操る高貴なる言語だった。
「もともとリンガー・レクスは、ニーベルングのすべての『人』にとっての共通の言葉だったって聞いたことがある」
とキリがつぶやいた。
『その娘の魔法の背後に【霧の人】の気配が視えるぞ!』
ドラゴンは青い瞳でキリをにらみつけ、そう言った。
キリが小さく震えて、ラグナードの背中にしがみつく。
『霧の人の気配だと……?』
ラグナードは美しい眉を寄せて、リンガー・レクスでドラゴンに問い返した。
『忌まわしき霧の人との禁断の契約者を従えて来るとは──おぞましい』
汚れきったものを見たというように、ドラゴンは両の双眸を細めてそう吐き捨てた。
ドラゴンが今何を言ったのかよりも、問答が可能と知れてラグナードの頭の中は重大な疑問で埋めつくされた。
レーヴァンテインを大きく真横に一振りして、
『言葉が通じるならば問いたい!』
彼は目の前の生物に向かって声を張り上げる。
『我が名はラグナード・フォティア・アントラクス!』
キン、と音を立て、
騎杖の上に切っ先をついて、両手を剣の柄の上に置いた。
『ガルナティス王国の王子として問う!
竜よ、貴様はガルナティスに何の恨みあってこの地にとどまり、周囲を氷で閉ざし、この地に住む罪無き人々を殺し、苦しめ続ける!?』
朗々たる声で投げられた問いに、ドラゴンは静かな返答を返した。
『我が翼に触れてなお折れ飛ばぬ剣を持つガルナティスの王子よ、我は罪無き者を殺しはせぬ。苦しめはせぬ』
『なんだと──』
ラグナードは青ざめた。
『では貴様は、ガルナティスの民に罪があると言うのか!』
『そうだ!』
怒りに猛り狂った恐ろしい声で、ドラゴンはそうほえた。
ラグナードの鼻先すれすれの位置で、見えない壁でもあるかのような錯覚すら与えて、吹きつける凍結の息吹がかき消えた。
「助かった、キリ……」
ひやりとしながら、ラグナードがふり返って礼を言って、
ドラゴンの氷の魔法を消したキリは、生きた心地もせずに目に涙を浮かべてこくこくと無言でうなずいた。
『霧の魔法!?』
低いうなりのような言葉が響きわたった。
『おお──なんということか……!』
驚いたラグナードが視線を戻すと、ドラゴンは宙に浮いて羽ばたきながら、じっとこちらを青い目で見据えていた。
『地の人よ』
と、牙の生えそろった口が動いて言葉がもれ出でる。
『なんと忌まわしい者を連れてきた』
ドラゴンが言葉を発するとは思っていなかったラグナードは、目の前の怪物の口から放たれた言語に耳を疑った。
「王族言語リンガー・レクス──!?」
ドラゴンが話している言葉は、まぎれもなく人の王たちだけが操る高貴なる言語だった。
「もともとリンガー・レクスは、ニーベルングのすべての『人』にとっての共通の言葉だったって聞いたことがある」
とキリがつぶやいた。
『その娘の魔法の背後に【霧の人】の気配が視えるぞ!』
ドラゴンは青い瞳でキリをにらみつけ、そう言った。
キリが小さく震えて、ラグナードの背中にしがみつく。
『霧の人の気配だと……?』
ラグナードは美しい眉を寄せて、リンガー・レクスでドラゴンに問い返した。
『忌まわしき霧の人との禁断の契約者を従えて来るとは──おぞましい』
汚れきったものを見たというように、ドラゴンは両の双眸を細めてそう吐き捨てた。
ドラゴンが今何を言ったのかよりも、問答が可能と知れてラグナードの頭の中は重大な疑問で埋めつくされた。
レーヴァンテインを大きく真横に一振りして、
『言葉が通じるならば問いたい!』
彼は目の前の生物に向かって声を張り上げる。
『我が名はラグナード・フォティア・アントラクス!』
キン、と音を立て、
騎杖の上に切っ先をついて、両手を剣の柄の上に置いた。
『ガルナティス王国の王子として問う!
竜よ、貴様はガルナティスに何の恨みあってこの地にとどまり、周囲を氷で閉ざし、この地に住む罪無き人々を殺し、苦しめ続ける!?』
朗々たる声で投げられた問いに、ドラゴンは静かな返答を返した。
『我が翼に触れてなお折れ飛ばぬ剣を持つガルナティスの王子よ、我は罪無き者を殺しはせぬ。苦しめはせぬ』
『なんだと──』
ラグナードは青ざめた。
『では貴様は、ガルナティスの民に罪があると言うのか!』
『そうだ!』
怒りに猛り狂った恐ろしい声で、ドラゴンはそうほえた。