キリと悪魔の千年回廊 (りお様/イラスト)
魔王の契約者
同時刻に──。
パイロープより北東に約一千キーリオメトルム離れた場所で、一つの事件が起きた。
ガルナティス王国に隣接するオリバイン王国の、王都トパゾス。
この日、
二十三歳の若き国王オンファスは、三年前に他界した先王の墓所への墓参りをすませ、王都に帰還した。
鎧で武装した兵士と騎士たちに囲まれて王都の大通りを城へと進む中、
突然、国王の乗った馬の前へと走り出てきた者があった。
驚いた馬がいななきを上げ、行列が止まって、
たちまちに、周囲の兵士が槍をかまえて闖入者を囲んだ。
「無礼者が!」
「御前を横切り行列を止めるとは不敬な輩め!」
色めき立つ護衛の者たちを制して「よい、よい」と言ったのは、馬上の国王オンファスである。
「斯様な幼子(おさなご)に刃物を突きつけるとは、おまえたちは何を考えておるのだ」
石畳の上に尻餅をついて、涙の浮かんだ顔で兵士たちを見上げているのは、年の頃なら五歳に届くかどうかという幼い少年だった。
オンファスは柔和にほほえみ、オリーブグリーンの長いブロンドを揺らして馬から降りて、
へたりこんでいる少年を自ら抱き上げた。
「陛下……!」
剣を抜いて馬上からとがめてくる側近の騎士を振り仰いで、オンファスは苦笑した。
「このような子供がいったい何の危害を加えるというのだ。剣を納めよ」
「しかし、王への無礼を捨て置けば、王家の威信に関わりますぞ」
「私は父とは違う。行列を止めたという理由で子供の命を奪うなど狂気の沙汰(さた)だ」
オンファスは周囲を見回して、
「おまえたちもだ、槍を引け」
と槍をかまえた兵士たちをたしなめた。
あわてて、槍を引き、兵士たちが膝をついた。
「ケガはないか?」
庶民の言語でそう言って、鮮やかな紫色をしたその子供の髪をなでるオンファスは、即位してまだ三年だったが、慈悲深き王としてオリバインの国民に愛され慕われていた。
先王とは正反対の、平和を愛する優しく穏やかな気質の国王に、誰もが豊かで平和な国の繁栄を期待していた。
「馬の前を横切っては危ないぞ。親はどうした?」
オンファスが尋ねると、子供は首を横に振った。
「いくさで……ころされた……」
オンファスの顔に苦渋の色がうかぶ。
父である先王は戦好きの暴君として恐れられ、度重なる戦で国土を荒廃させた。
国内には、戦乱によって親を失ったこの子のような孤児があふれた。