キリと悪魔の千年回廊 (りお様/イラスト)
「霧の五大公……?」

ラグナードは眉をひそめる。

彼にとっては初めて耳にする言葉だった。

キリの顔を見て無言で問いかけるが、彼女は何も言わなかった。


『なんだそれは?』

ラグナードは、リンガー・レクスで竜のほうに尋ねた。

竜の顔からは表情など読み取れないが、その青く冷たい瞳にはおびえの色がチラチラとゆれていた。


「霧の」五大公というからには霧にまつわるもののようだが、これほどの圧倒的な生命力を持った生き物でも、霧はやはり恐ろしいものなのだろうかとラグナードは思う。

ドラゴンですらも恐れる存在があるというのは、今の窮地に立たされた彼らにとってはなんとも皮肉な話だった。


もしもその存在がここに現れたならば──ドラゴンをも討ち破ることができるのだろうか……?


ドラゴンは低いうめきに似た深い深い息をもらして、やはりおののくような声音で

『全知にして無能の【エコルパールの悪魔】』

と答えた。


『エコルパールの……悪魔?』

ラグナードには、やはり聞き覚えのない言葉だ。


焼け焦げた白い羽毛のこびりついた皮膚をゆがめて、竜は目を細めた。


『魔法を知らぬ地上の人の子に、なんと言えば伝わるかな。

【炎の化身】と言えばわかるか?
あるいは【戯れる道化】と? あるいは……』


ますます何のことかわからずに眉間のしわを深くするラグナードに向かって、ドラゴンは低いうめきで続けた。


『地上の人の間では、【地を斬り裂く者】として知られているか?

霧の人の頂点に立つ五人の大公が一人──』


口にするのもおぞましく忌まわしいとばかりに、白い竜は牙を剥いて、



『──魔王ロキ』



と、ほえた。



「魔王ロキ!?」

リンガー・レクスを使うのも忘れ、ラグナードは貴族語ですっとんきょうな声を上げた。

「神話に登場する霧の悪魔たちの王じゃないか──」

そんなにたくさんの呼び名があるとは知らず、ラグナードにとってはまわりくどい言い方だったが、最後にドラゴンの口から飛び出したのはいくつもの書物やおとぎ話で語られるとても有名な名前で、彼もよく知っていた。

それから、

ラグナードはさきほどこのドラゴンが言ったセリフを、もう一度頭の中でなぞって、


「魔王ロキを──どうしただと……?」


背中の少女をふり返った。


ラグナードは黙ったままの少女と、少女を見下ろすドラゴンとを交互に見る。


「召還して、契約した──?」


冗談のような話に思えたが、ドラゴンが冗談を言うとも思えなかった。


「神々と戦って大いなる回廊ニーベルングの大地を五つに分断したと言われる……大陸形成神話の魔王ロキをか!?」
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