キリと悪魔の千年回廊 (りお様/イラスト)
「や……やだ」
弱々しくふるえて、キリがラグナードにしがみついた。
「ラグナード……」
涙をうかべたキリを、ラグナードは険しい表情で見下ろしため息を一つはき出した。
「魔王との契約については、あとでくわしく話を聞かせてもらうぞ」
それだけ言って、
ラグナードは右手で剣をふたたびドラゴンへと向けてかまえ、左手でキリを抱き寄せた。
『こいつを貴様に渡すなど、断じてできない』
一瞬も迷うことなく、ラグナードは竜にキッパリとそう告げた。
『ほう……』
ドラゴンは目をすがめた。
『たかだか小娘一人の命と、この国のすべての民の命。
貴様も、まことに地上の王の子でいずれ人の上に立つ身ならば、どちらを切り捨てどちらを選ぶべきか明白なはずだが?』
『確かにそのとおりだな』
ラグナードがうなずき、キリの体がこわばる。
『しかも、こいつはガルナティスの民でもなく、まだ出会って四日目の赤の他人だ』
『ならば、なぜだ?』
理解しがたいという様子で尋ねるドラゴンに、
『そんな赤の他人のこの俺とこの国に力を貸してくれた者を、見殺しになどできない!』
と、ラグナードは断言した。
『こいつは俺が見つけて俺が巻きこんだ。絶対に死なせない』
「ラグナード……」
キリが言葉を詰まらせて、
『おろかな』
ドラゴンがあざ笑った。
『人の上に立つ者の行動とは思えぬな。小娘一人の命のほうが、万の民の命よりも重いとぬかすか』
『俺はそういう考え方が大嫌いだ』
ラグナードは嫌悪をあらわにしてどなった。
『一人の命と、数万の命であっても──命の重さは平等だ! 俺は、多数のために一人を犠牲にするならば、まず最初に己の命を使う』
キリは、兵士を死地に送らないためにラグナードがたった一人で世界中を探して彼女を見つけ、そして自らの命を危険にさらしてキリとともにたった二人でこのパイロープに来たことを思い出した。
彼は、キリを決して一人で怪物に立ち向かわせようとはしなかった。
キリの目にはただ剣の腕を過信しての行動かと映っていたが、その裏にあったラグナードの思いを知って、キリは胸がいっぱいになった。
自ら率先して命を犠牲にしようとするラグナードの言動は、実はキリがまだ知らない彼自身の苦悩から導かれたものだったが──
──戦場で、自ら危険な前線に身を置き続けてきたというのも、彼のこの考え方にもとづいた行動なのかもしれないと、このときのキリはそう思った。
『それに──貴様が俺に選ばせようとしたのは、キリの命とガルナティスの数万の民の命のどちらかじゃない』
と、ラグナードは続けた。
弱々しくふるえて、キリがラグナードにしがみついた。
「ラグナード……」
涙をうかべたキリを、ラグナードは険しい表情で見下ろしため息を一つはき出した。
「魔王との契約については、あとでくわしく話を聞かせてもらうぞ」
それだけ言って、
ラグナードは右手で剣をふたたびドラゴンへと向けてかまえ、左手でキリを抱き寄せた。
『こいつを貴様に渡すなど、断じてできない』
一瞬も迷うことなく、ラグナードは竜にキッパリとそう告げた。
『ほう……』
ドラゴンは目をすがめた。
『たかだか小娘一人の命と、この国のすべての民の命。
貴様も、まことに地上の王の子でいずれ人の上に立つ身ならば、どちらを切り捨てどちらを選ぶべきか明白なはずだが?』
『確かにそのとおりだな』
ラグナードがうなずき、キリの体がこわばる。
『しかも、こいつはガルナティスの民でもなく、まだ出会って四日目の赤の他人だ』
『ならば、なぜだ?』
理解しがたいという様子で尋ねるドラゴンに、
『そんな赤の他人のこの俺とこの国に力を貸してくれた者を、見殺しになどできない!』
と、ラグナードは断言した。
『こいつは俺が見つけて俺が巻きこんだ。絶対に死なせない』
「ラグナード……」
キリが言葉を詰まらせて、
『おろかな』
ドラゴンがあざ笑った。
『人の上に立つ者の行動とは思えぬな。小娘一人の命のほうが、万の民の命よりも重いとぬかすか』
『俺はそういう考え方が大嫌いだ』
ラグナードは嫌悪をあらわにしてどなった。
『一人の命と、数万の命であっても──命の重さは平等だ! 俺は、多数のために一人を犠牲にするならば、まず最初に己の命を使う』
キリは、兵士を死地に送らないためにラグナードがたった一人で世界中を探して彼女を見つけ、そして自らの命を危険にさらしてキリとともにたった二人でこのパイロープに来たことを思い出した。
彼は、キリを決して一人で怪物に立ち向かわせようとはしなかった。
キリの目にはただ剣の腕を過信しての行動かと映っていたが、その裏にあったラグナードの思いを知って、キリは胸がいっぱいになった。
自ら率先して命を犠牲にしようとするラグナードの言動は、実はキリがまだ知らない彼自身の苦悩から導かれたものだったが──
──戦場で、自ら危険な前線に身を置き続けてきたというのも、彼のこの考え方にもとづいた行動なのかもしれないと、このときのキリはそう思った。
『それに──貴様が俺に選ばせようとしたのは、キリの命とガルナティスの数万の民の命のどちらかじゃない』
と、ラグナードは続けた。