キリと悪魔の千年回廊 (りお様/イラスト)
『この場で俺が拒めば、貴様はただ俺とキリを殺して去ればいいんだからな。いずれにしてもパイロープは救われる。

俺が問われたのは、俺の命とキリの命のどちらを選ぶかだ。
貴様が口にした数の重きならば、一人の命と一人の命。重さは変わらない』


そう言いきったラグナードを、

『本当に同じ重さだと思うのか? 自ら一国の王子であると名乗る貴様自身の命と、そこにいる小娘一匹の命とが』

と、ドラゴンは冷たく蔑(さげす)んだ。

『それこそ人の上に立つ者の考え方ではないな』


「ラグナード……わたし、ほんとにやってない」

キリは一生懸命に説明した。

「パイロープに来たのは初めてだよ。それなのに、ここで一年も前に天の人を地上に落とすなんて──」

「この竜にこれ以上なにを言ってもムダだ」

ラグナードはかたい表情で静かに首を振った。

「絶対に俺から離れるな」

そうささやいて、キリの肩を抱く腕に力をこめ、

『俺の誇りにかけて、この子は渡さない』

ドラゴンをにらみ上げながら──


──最後の望みをかけるべきものを握りしめた。


『キリを殺したければ、ともに俺も殺すがいい。俺たち二人を殺して、この地から立ち去れ!』

『なるほど』

冷ややかに言って、ドラゴンが首肯した。

『では、そうしよう』


空気が一気に張りつめた。


氷漬けになった町の道は、決して足場がいいとは言えないが、それでも雪山よりは幾分ましだ。

じりじりと足下の感触を確かめて、ドラゴンとの間合いをはかりつつ、

「キリ……!」

ラグナードは押し殺した声で、腕に抱いた魔法使いに言った。

「魔法はまだ使えるんだな?」

「うん」とキリはうなずいて、

「でも、氷の息の魔法を消すのもあと一度か二度が限界だと思う」

「だったら──今ここで、この剣の残りの封印をもう一つ解くことはできるか──?」

「えっ」


キリは、ラグナードがかまえている王家の聖剣レーヴァンテインを見た。


「その剣、封印を解いてもなんにも変わらなかったんじゃ……?」

「いや。わずかだが変化はあった」


「頼む」とラグナードはドラゴンから目をそらさぬまま言った。


「イチかバチかだが──これが、本当に最後の賭けだ」


この剣は、ドラゴンの体に傷こそ負わせられなかったが、しかし折れることもなかった。

ラグナードの頭の中には、封印を一つ解いて石を斬ったときの、あの赤い断面が思いうかぶ。


封印はまだあと八つ残っているのだ。


一つ解いただけでは、ドラゴンの体を傷つけることはできなかった。

しかし、もしもさらにもう一つ封印を解くことで、また何かしらの変化がこの剣に起きるのだとしたら──?


それでも竜の体にはまったく通用しないのかもしれないが、



今は、その可能性に賭けてみるしかない。



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