キリと悪魔の千年回廊 (りお様/イラスト)
至極色の過去
「なんでころしたの!」と、キリはわめいた。
目の前に広がるのは、
真っ白な霧と、
複雑を極めた魔法陣と
驚愕に言葉を失った白髪の老人と、
真っ赤な色と、
この世にたった一人だけの、大事な大事なキリの友達と、
まっ赤に染まって魔法陣の上に転がったその友達の骸(むくろ)を踏みつけて、魔法陣からはい出してきた黒い影──。
「なんでよ!」
ナイフを投げすてて、キリは老人に向かってくり返した。
友達の血でまっ赤になったナイフは、
まっ赤になった友達の横に落ちて、かららんと音を立てて回転した。
「ばかな──どうなっている?」
キリを無視して、
白髪の老人はこぼれ落ちそうに見開いたにごった目で、
魔法陣からはい出て立ち上がった黒い影を凝視して、
ぼやいた。
「儂はいったい、何を召還したのだ……?」
年に一度の神秘の夜だった。
白い、白い、
まっ白な霧が、世界を覆い隠していた。
「ロキではない……?」
そうつぶやく憎たらしい老人と、
霧の中にたたずんだ黒い影とを、キリは見比べた。
「おまえは、いったい何だ……?」
黒い影が、
キリの友達の命とひきかえに世界に現れた不吉なものが、
世界を睥睨(へいげい)して、夜の闇の深淵から響いてくるような哄笑を上げた。
「すばらしい……!」
と、美しい男の声が言った。
「実に千年。千年だ!」
どこまでも沈みこむ暗い奈落を思わせる、
それでいて輝けるまぶしい光を連想させる声だった。
「長かった──」
白い霧にしみいるような吐息をもらし、不吉な影は歓喜の声を上げた。
「待ちわびたぞ、このときを!」
思わずキリは聞き入った。
こんなにも美しい男の声を、キリは聞いたことがなかった。
霧の中から、黒い影は穴のような虚ろの瞳を老人に向けた。
「いかにも」
と、温度のない微笑をうかべて、
「余が、ロキだ」
世界の外からの来訪者は、底なしの峡谷をのぼってきた風のように名乗った。