キリと悪魔の千年回廊 (りお様/イラスト)
若くして魔法教国エスメラルダの国民となり、世界中の叡智が集まる神秘の空中都市で、
俗世を見下ろしながら隠者として生き続け──

いつしか彼は賢者【至極のシムノン】と呼ばれるようになり、教国の枢機卿(カルディナリス)の座までのぼりつめた。


魔法の力で、常人よりはるかに長い時間を生きた。

だから忘れかけていた。



死と、

老いと。



この不吉な影たちが、
魔法使いにとっても、のがれようもなく、

常人より時間をかけて、
ひそやかに、
しかし着実に、

彼のもとにも忍びよっていたことを。



それは、ある日とつぜんにやってきた。

昨日まで使えていた簡単な魔法が、まったく使えなくなった。

たしかに覚えていた呪文が、頭に浮かばない。


枯渇した井戸のように、
ふるえる唇からは、待てども待てども神秘の言葉はあふれ出てはくれず──


ぼう然と、彼はそのときが来たことを悟った。


泉が枯れた。

なくしてしまった。

魔法が尽きる時が来てしまった。


いくら魔法の力で普通の人より長く生きることができるといっても、魔法使いにも寿命はある。

人間の脳が記憶の限界をむかえるとされている百五十年という時間。

その旅路を、彼は歩ききってしまったのだ。


その日から、
梢が一斉に木の葉を散らし始めたかのごとくに、

使えない魔法は、
一つ、
また一つと、
日を追うごと増えてゆき──


ふと、のぞきこんだ鏡の中の住人と目が合って、シムノンは恐怖の叫びをあげた。


至極色と呼ばれ、彼の二つ名ともなった美しいアメジストの髪は白く色あせ、

魔法で保っていたみずみずしく美しい若者の貌(かお)は、
砂漠のように乾ききり、
無数のひび割れた大地のように深いしわに覆われ、
ごつごつした岩肌となってしまっていた。


鏡の中にいたのは、まごうことなき老人であった。

見開いた眼(まなこ)で彼を見つめ返す男は、シムノンが知る己とは似ても似つかぬ別人だった。


脳が限界をむかえた魔法使いは、魔法が使えなくなる。

魔法で若さを保つことができなくなった魔法使いは、ただ老いて死んでゆく。


生きても百八十年あまり。

残り三十年で、彼の人生もまた尽きる。


命が流れ去ってしまう。


そう思い知って、


彼は心の底から若さを渇望した。

生に執着した。


死を、
老いを、

恐ろしいと思った。


永遠の時を、求めた──。



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