キリと悪魔の千年回廊 (りお様/イラスト)
シムノンは、
エスメラルダの叡智を請け負う王が示した、禁忌の手段におののいた。


「【エコルパールの悪魔】に、たずねろと……?」


そうだ、と教皇は首肯した。


「永遠の存在に聞けばあるいは」


シムノンは雷に打たれたような心持ちがした。



永遠の存在──。



あたかも恋い焦がれる相手の名のごとく、

その甘い響きを胸の中でくり返して、シムノンは謁見の間を立ち去った。





その日から、


シムノンは、世界中の魔法の書物を集めたエスメラルダの書庫の、

その中でも厳重に施錠された、閲覧禁止の禁書が並ぶ最下層に一日中こもった。



オズは、ただの魔法の書だ。

倫理はなく、善悪の観念もない。


だからこそ、謁見できる者が限られている。

謁見の間には、オズとシムノン以外誰もいなかった。

枢機卿の地位にある者が、教皇と禁忌の会話を交わしていたなど、考える者はなかったし──


そしてそれは、閲覧禁止の書物に関してもまったく同様だった。


禁書と言っても、

本当に誰にも閲覧させないならば、そんな書物はわざわざ保管などせずに焼いてしまえばいいだけであるので、
実際には数少ない人間のみが閲覧の特権を持っている。

当然、
枢機卿の地位にあるシムノンは、その数少ない特権を有する人間の一人であり、

まさか彼が悪魔召還の儀式について書かれた書物を、「実用目的で」読みふけっているなどと、誰も考えはしなかった。




書庫にこもって一ヶ月が過ぎたころ、

シムノンは絶望にうちのめされていた。



世界の外と通じる、不吉な白い色。

霧の中には昔から、人でもほかのどんな生き物でもない「何か」がいることが知られている。

そしてそれら霧の魔物たちの中にごくまれに、人をしのぐ高い知性をそなえた「何か」がいることも。


魔法使いはしばしば、
霧の中から彼らを呼び出して契約を交わし、人の知らない魔法の知識を得ようとする試みをくり返し、

その「何か」たちは、長い歴史の中でいつしか【エコルパールの悪魔】と呼ばれるようになった。


人を超えた知性と知識を持つ霧の悪魔たち。

彼らならば、ひょっとするとシムノンが欲する永遠の命の秘密を知っているのかもしれなかった。



しかし──


シムノンが一月の間調べた、過去に呼び出された悪魔の記録は、

エコルパールの悪魔たちは、
契約に応じると見せかけて呼び出した者やその周囲を破滅に追いやるだけで、

完全な形で契約が履行されることなどないという、長年にわたる研究でエスメラルダが出した結論を裏づける数々の失敗譚ばかりだったのである。
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