キリと悪魔の千年回廊 (りお様/イラスト)
森の中の魔法使いの家
ごうごうと風が吹き荒れる。
木々の梢(こずえ)がうなりを上げて、あばれ狂っている。
横なぐりにたたきつける雨つぶは、重なり合った樹齢何百という巨木たちの枝葉にさえぎられ、
深い深い森の足下に到達するころにはいくぶん勢いを弱めているものの、
それでも厚く落ち葉の堆積した木々の根もとを容赦なくぬらしてゆく。
嵐の晩だった。
ゴンドワナ大陸中央に広がる広大な森林地帯の中を、一人の人間が歩いていた。
「くそ」
えたいの知れぬばけもののように木々が揺れる頭上をにらみ上げて、毒づいた声は若い。
「まさかこんな天気になるとは──」
ヒカリゴケに覆われた樹木の幹に手をついて足を止め、その人間は雨水を吸ってすっかり重たくなった雨よけの布をしぼった。
「迷ったか……?」
コケの光が、
雨よけの布の下に着こまれた分厚い鎧を青白く照らした。
戦場で騎士たちがまとうような厳めしい重武装。
長く歩くにはいかにも都合がよろしくなく、旅になれた旅人の格好ではない。
そもそも旅なれた者ならば、
このゴンドワナの大森林地帯で
街道を大きくはずれた道なき道を行くような自殺行為はまずしない。
今この鎧の騎士が立ち止まっている場所は、
実に、街道から歩いて十日はへだたった何もない森の真ん中なのである。
「上空から見たときは、確かにこちらの方角だったはずだが──」
首からつるしていた方位磁石をヒカリゴケの生えた幹に近づけて、
鎧武者は、自らが歩いてきた方向と行き先とを何度も確かめた。
たとえ晴れた日の真昼でも薄暗くしめった深い森の中は、
一面がヒカリゴケで覆われ、
つもった落ち葉のいたるところからヒカリダケがつき出して、
こんな星一つない嵐の晩も、青白いコケとキノコの光でとりあえず明かりには不自由しない。
「もうしばらく進んで見つからなければ、一度引き返すか……」
ため息と一緒にうんざりした様子でこぼして、
ぼんやりとした燐光をはなつキノコを一つ、地面から乱暴にむしりとって口の中に放り込み、
ふと、騎士は周囲を見回した。
「霧は──出ないだろうな……」
自らが口にした言の葉の、ぞっとする響きに小さくふるえて、
空気が不吉に白くわだかまる余地など微塵もない暴風雨の中で、騎士はぬれた甲冑に覆われた足を再び動かし始めた。
木々の梢(こずえ)がうなりを上げて、あばれ狂っている。
横なぐりにたたきつける雨つぶは、重なり合った樹齢何百という巨木たちの枝葉にさえぎられ、
深い深い森の足下に到達するころにはいくぶん勢いを弱めているものの、
それでも厚く落ち葉の堆積した木々の根もとを容赦なくぬらしてゆく。
嵐の晩だった。
ゴンドワナ大陸中央に広がる広大な森林地帯の中を、一人の人間が歩いていた。
「くそ」
えたいの知れぬばけもののように木々が揺れる頭上をにらみ上げて、毒づいた声は若い。
「まさかこんな天気になるとは──」
ヒカリゴケに覆われた樹木の幹に手をついて足を止め、その人間は雨水を吸ってすっかり重たくなった雨よけの布をしぼった。
「迷ったか……?」
コケの光が、
雨よけの布の下に着こまれた分厚い鎧を青白く照らした。
戦場で騎士たちがまとうような厳めしい重武装。
長く歩くにはいかにも都合がよろしくなく、旅になれた旅人の格好ではない。
そもそも旅なれた者ならば、
このゴンドワナの大森林地帯で
街道を大きくはずれた道なき道を行くような自殺行為はまずしない。
今この鎧の騎士が立ち止まっている場所は、
実に、街道から歩いて十日はへだたった何もない森の真ん中なのである。
「上空から見たときは、確かにこちらの方角だったはずだが──」
首からつるしていた方位磁石をヒカリゴケの生えた幹に近づけて、
鎧武者は、自らが歩いてきた方向と行き先とを何度も確かめた。
たとえ晴れた日の真昼でも薄暗くしめった深い森の中は、
一面がヒカリゴケで覆われ、
つもった落ち葉のいたるところからヒカリダケがつき出して、
こんな星一つない嵐の晩も、青白いコケとキノコの光でとりあえず明かりには不自由しない。
「もうしばらく進んで見つからなければ、一度引き返すか……」
ため息と一緒にうんざりした様子でこぼして、
ぼんやりとした燐光をはなつキノコを一つ、地面から乱暴にむしりとって口の中に放り込み、
ふと、騎士は周囲を見回した。
「霧は──出ないだろうな……」
自らが口にした言の葉の、ぞっとする響きに小さくふるえて、
空気が不吉に白くわだかまる余地など微塵もない暴風雨の中で、騎士はぬれた甲冑に覆われた足を再び動かし始めた。