キリと悪魔の千年回廊 (りお様/イラスト)
飛行騎杖に乗って空の上を飛びながら、
キリは、十年前のあの神秘の夜に思いをはせる。
ラグナードとジークフリートには語らなかった、
彼女だけの神聖な記憶。
大切な記憶。
大ごもりの時間が過ぎて、
白い白い霧が、ゆっくりと晴れてゆく。
霧と一緒に消えてしまうかと思われた黒い来訪者は、しかし消えることなく部屋の中に立っていた。
世界の中に、霧が残していったかのように。
大ごもりの夜の霧は、
世界からなにかを連れ去り、新しいものをもたらすともいう。
「おまえは、」
と、世界の中に──キリのそばに──残った客人(まろうど)は言った。
黒い衣をまとった腕がすっとのび、
死んでしまった少年を指さした。
「余に、この子供を生き返らせてくれとは、望まなかったのだな」
キリは驚いて、目を見開いた。
「おまえにとっては、とても大切な者だったのだろう?」
そうだ。
セイは、キリにとっては大事な大事なたった一人の友達だった。
それなのに、キリは──
「どうして、この子供の蘇生ではなく、偉大な魔法使いになりたいと望んだ?」
キリは混乱した。
どうして、セイを生き返らせてほしいと望まなかったのだろう。
どうして、迷わず偉大な魔法使いになりたいと望んだのだろう。
どうして、
望みを口にするとき、
セイを生き返らせてほしいという望みが、頭にうかびもしなかったのだろう。
「かわいそうに」
と、上から声が降ってきた。
キリが見上げると、
深淵のような瞳は、セイではなくじっとキリを見つめていた。
「魔法使いの業(ごう)だな」
「ご……う?」
「確かにおまえは魔法使いの資質を持っている。悲しいほどに」
いつの間にか魔法陣の光は消え、
開け放たれた窓と戸口から夜明けの薄明かりがひっそりと家の中を照らしていた。
森のどこか遠くのほうから、狼の遠吠えが聞こえた。
「おまえは、大切な者を自らの手で殺(あや)めながら──」
美しい男の声が、
ふふっと、静謐な朝の空気のような吐息をもらして、
「泣くこともせぬのだな」
と言って、すぐに
「泣くこともできぬのか」
と的確に言い直した。
「おまえの魂は、恐れ、悲しんで、こんなにもふるえているというのに」
キリは血にぬれたセイの死体をにらんだ。
キリの涙は、涸れてしまって、
キリの心はどこかが壊れてしまって、
もうキリはどんなことがあっても、怖いとも、悲しいとも、思えなくなってしまったのだ。