キリと悪魔の千年回廊 (りお様/イラスト)
この世界にはきっと、
嫌なことしかない。
つらいことしかない。
彼女は小さな唇をかんで──
「野良猫のような目だな。世界に挑む目だ」
ふわりと、黒い衣がキリを包みこんだ。
「挑まなくていい」
キリは目をしばたたいた。
世界の外から来た来訪者は、
キリのそばにしゃがみこんで、キリを抱きしめていた。
「世界はおまえの敵ではない」
と、大きな温かい腕にキリを包みこんで、静かな声が言った。
キリは、まん丸にした目で、来訪者の顔を見上げた。
困ったような、
苦笑しているような、
優しい瞳があった。
「どうやらおまえには、魔法のほかにも、もっと必要なものがあるようだ」
そう言って、力強い腕はキリを抱いて立ち上がった。
「やせているな。食事もまともに与えられていなかったのか」
やせた彼女の頬を、ふわりと温かな手がなでる。
「では、まず必要なのは、十分な食事というところだな。食事は重要だぞ?」
キリの瞳をのぞきこんで、くすりと柔らかく笑い、
大人の姿をしたその客人は、
「つらかったろう」
とささやいて、
大人は誰もキリにくれなかった言葉を、
誰もこれまでくれなかった温もりを、
はじめて
キリに与えてくれた。
見開いていたキリの両目に涙があふれた。
「セイ……! セイ……!」
凍りついていた感情が溶けたように、ぽろぽろとしずくがほっぺたをすべり落ちた。
「セイが死んじゃった……!
セイが死んじゃったよぉ……!
わたし……わたしは、殺したくなかったのに……わたしが殺しちゃった……!」
血の中に倒れた少年を見下ろして、
キリは黒い影に抱きついて、声を上げて泣いた。
やっと泣いた。
「セイも生きてたらよかったのに……!」
キリは、自分に与えられた温もりにすがりついて、
こんなふうに小さな体を抱いてくれる優しい腕を最後まで知らずに死んだ少年を思った。
「どうしてわたし、セイを生き返らせてって思わなかったんだろう……!」
泣きじゃくるキリのおでこにそっとキスをして、
優しい来訪者はキリを抱いたままかがみこみ、冷たくなった少年をなでた。
「なるほど。
もしもおまえと立場が逆であったなら──この子供はおまえの蘇生を望んだだろう」
少年の死体からなにかを読みとったのか、
あるいは全知の存在ゆえに知っていたのか、
「この子供はおまえを望んでいた。おまえに恋をしていたからだ。
だが、おまえはこの子供と同じ感情を抱いてはいなかった」
来訪者はそう言った。
「だから、違う望みを口にした。おまえは魔法使いだから──」
嫌なことしかない。
つらいことしかない。
彼女は小さな唇をかんで──
「野良猫のような目だな。世界に挑む目だ」
ふわりと、黒い衣がキリを包みこんだ。
「挑まなくていい」
キリは目をしばたたいた。
世界の外から来た来訪者は、
キリのそばにしゃがみこんで、キリを抱きしめていた。
「世界はおまえの敵ではない」
と、大きな温かい腕にキリを包みこんで、静かな声が言った。
キリは、まん丸にした目で、来訪者の顔を見上げた。
困ったような、
苦笑しているような、
優しい瞳があった。
「どうやらおまえには、魔法のほかにも、もっと必要なものがあるようだ」
そう言って、力強い腕はキリを抱いて立ち上がった。
「やせているな。食事もまともに与えられていなかったのか」
やせた彼女の頬を、ふわりと温かな手がなでる。
「では、まず必要なのは、十分な食事というところだな。食事は重要だぞ?」
キリの瞳をのぞきこんで、くすりと柔らかく笑い、
大人の姿をしたその客人は、
「つらかったろう」
とささやいて、
大人は誰もキリにくれなかった言葉を、
誰もこれまでくれなかった温もりを、
はじめて
キリに与えてくれた。
見開いていたキリの両目に涙があふれた。
「セイ……! セイ……!」
凍りついていた感情が溶けたように、ぽろぽろとしずくがほっぺたをすべり落ちた。
「セイが死んじゃった……!
セイが死んじゃったよぉ……!
わたし……わたしは、殺したくなかったのに……わたしが殺しちゃった……!」
血の中に倒れた少年を見下ろして、
キリは黒い影に抱きついて、声を上げて泣いた。
やっと泣いた。
「セイも生きてたらよかったのに……!」
キリは、自分に与えられた温もりにすがりついて、
こんなふうに小さな体を抱いてくれる優しい腕を最後まで知らずに死んだ少年を思った。
「どうしてわたし、セイを生き返らせてって思わなかったんだろう……!」
泣きじゃくるキリのおでこにそっとキスをして、
優しい来訪者はキリを抱いたままかがみこみ、冷たくなった少年をなでた。
「なるほど。
もしもおまえと立場が逆であったなら──この子供はおまえの蘇生を望んだだろう」
少年の死体からなにかを読みとったのか、
あるいは全知の存在ゆえに知っていたのか、
「この子供はおまえを望んでいた。おまえに恋をしていたからだ。
だが、おまえはこの子供と同じ感情を抱いてはいなかった」
来訪者はそう言った。
「だから、違う望みを口にした。おまえは魔法使いだから──」